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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
終章
55/61

この世の地獄

 

出逢うことが、運命であったのなら――



 ――それは、さながら地獄絵図だった。


 鼻が捥げそうな程に漂う、血と肉の臭い。

 全身に圧し掛かる程の怨念、無念、絶望、恐怖。


 既に陽は高く、晴れ渡っている筈なのに、辺りにそれらの負の感情と念が、靄となって立ち込めている。


 村は、惨状、という言葉では余りある様相だった。


 槍や刀、弓矢で体を貫かれて目を見開いたまま絶命している老人、子を庇って背中を斬られて絶命している男女と、その腕の中で胸を突かれて絶命している子供。


 戦おうとしたのか、鋤や鍬を手にしたまま畑や田んぼの上で絶命している男達。


 中には、凌辱された末に殺されたのだろう、あられもない姿で死んでいる若い女の遺体も、あった。


 お文もまた、霞を庇おうとしたのか、彼女を腕に抱いて死んでいた。


 彼女の腕の中で、霞も死んでいる。

 背中から、二人纏めて串刺しにされたようだった。


 ――鉄扇を取り返し、小田原の城を出た時から、間に合わないことは分かっていた。


 惨劇を目の当たりにするであろうことも、無論、分かっていた。


 詫びたところで、後悔に苛まれたところで、死者が蘇る訳じゃない。


 今は、重くなる心を無視して、確かめなくてはならないことが、ある。


 神楽は村を隅々まで見て回った後、焔獄鬼の洞窟へと続く道へ入った。


 琴と菖蒲の遺体は、そこを少し進んだ先で見付けた。


 互いに互いを庇い合ったのだろう。

 二人は抱き合うような形で倒れていて、琴は胸を、菖蒲は背中を斬られていた。


 村で一番の味方であった者達の遺体を前に、神楽は少しだけ、胸に奔った痛みに顔を歪める。


 だが、目を伏せて、すぐさま痛みを捻じ伏せて。

 目を見開いたまま絶命していた菖蒲の瞼をそっと下ろして。


 彼女は歩みを再開した。


 村の惨状を目の当たりにした瞬間から感じていた違和感の正体は、焔獄鬼の洞窟の少し手前で、分かった。


 折り重なるようにして倒れていた三つの遺体。


 権蔵、善吉、林助。


 小田原東秀が言っていた通り、鬼神村強襲の隙を突いて逃げ出した矢先に、待ち伏せていた兵達に殺されたようだった。


 だが、神楽が眉を顰めたのは、彼等三人の遺体の様子ではなく――側に倒れていた、村人ではない者達の遺体、だった。


 それは――小田原家の兵士達の、惨殺死体。


 権蔵達よりも遥かに惨い殺され方だった。


 首ではなく顔を鼻から真っ二つにされている者が一人、原形を留めぬ程にバラバラに裂かれている者が一人、そして、側の大木に磔にされている者が一人。


 小田原の兵士の見るも無残な惨殺死体は、村にもいくつもあった。


 ただ刺し殺されたり斬り殺されたりしているだけだった村人達と違って、小田原の兵達は、誰もがそれ以上の惨たらしい殺され方をしていた。


 仲間割れ、などという生易しいものである訳がないことは、一目瞭然だった。


 そして、もっと不可解な事は。


 村の中に、ここまでの道中に、人間達のみならず、この辺り一帯に棲んでいたのだろう妖達の死体も、多く、転がっていたこと。


 崩れかけ、塵となりかけ、砂塵と成り果てる寸前の死体は、そのどれもが神楽が横を通り抜ける最中に虚空へと消えた。


 全ての事実を知っている者が、見ていた者が在るとしたら、ただ、一人。


 ――だが、その相手の元へ向かうべく、足を踏み出した、刹那。


「……、!」


 一瞬で吐き気をも催す程の強い殺気と存在感が、辺りを包む。


 堪らず鉄扇を抜く。

 恐怖さえ覚えかける気配。


 知っている。この気配の主を。

 でも、多分……違う、だろう、ということも、分かった。


「……お前……」


 靄の中、目視出来るところまで近付いて来た“彼”の姿を見て、神楽は無意識に悲痛な声を上げた。


 今にも倒れ込んでしまいそうな足取りで、ゆっくり、ゆっくりと神楽の元へ歩み寄って来るその人物は……名無しの男、だった。


 彼は、腹の真ん中に槍を突き刺されたまま、着物を、足元を真っ赤に染めながら、歩いて来る。


 そしてその右手には、血塗れの、一振りの刀。


 見覚えはない。恐らくは小田原の兵の一人から奪ったものだろう。


 頭から被っている血は、着物や足元を染めている血は、多分、彼のものだけじゃ、ない。


「やはり――お前か」


 神楽は呟く。

 何処か、泣き出しそうな、声で。


「でも……生きて、いたのだな」


 そして何処か、とても優しい声で。


 けれど――名無しの男にはもはや、神楽の声は、届いて、いなかった。


 綺麗な琥珀色の瞳は虚ろで、口からは獲物を狙う獣のような呻き声を漏らし、手にしていた刀を振り被る。


「あぁあぁあああぁあああぁあ」


 そうして、雄叫びと共に、何の躊躇いもなく神楽に襲い掛かった。


 大きく開かれた口の端に覗く牙。

 獰猛な殺意のみを映す瞳。


 彼の、妖としての本能が、覚醒していた。


 あれはもはや、目に映るもの全てを敵と見做し、獲物と見做し、視界に入った瞬間に見境なく襲う正真正銘の化け物。


 小田原の兵や山の妖達を虐殺したのも、間違いなく彼だろう。


 神楽は、応戦すべく鉄扇を構えて――すぐに、力なく、下ろした。


「っ!」


 抵抗らしい抵抗をしないまま、神楽は名無しの男の刀に左胸を貫かれ、そのまま、背後の大木に背中から体を叩き付けられる。


 言うまでもなく、普通ならここで即死であったが、神楽の不死の心臓は、刃が貫通されていて尚、鼓動を刻むのを止めない。


 次いで、名無しの男は左手の爪で神楽の胸元を引き裂く。


 露わになった彼女の白い肌に、名無しの男は噛み付いて、彼女の肉を喰い破った。


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