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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
四章
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傾国

 

「あ……っ、が……!」


「御館様!!」


 見た目は普通の村娘とそう変わらぬ細腕が、東秀の鍛え抜かれた体躯を軽々持ち上げて、爪先立ちにさせる。


 腕に妖力を込めているせいだが、それでも大の男三人を激しく動揺させるには十分だった。


「逸まったな、小田原家の者達よ」


 神楽は、苦し気に喘ぐ東秀と、迂闊に動けない後ろの兵士達を交互に睨め付けながら言う。


「あの村はそう遠くないうちに滅ぶ。それ程に蔓延る病は深刻で、枯れた土地は乾涸びている。私がどれ程医術を駆使しようと、どれ程畑に水を撒いても、あの村はもう、蘇らない。貴様等が無駄な作戦を立てて殲滅戦など起こさずとも、村人達はいずれ飢えと病で全員死ぬ」


 冷ややかな、それでいて静かに淡々と告げる神楽に、東秀は勿論兵士達も唖然とした。


「ば、馬鹿な! それならば何故貴様は、あの村を蘇らせんと奮闘している!? 何故、先に我等が攻め入った際に妨害した!?」


 負けじと声を上げた兵に、神楽は心底馬鹿にするような眼差しで、「貴様等が気に入らなかったからだ」と吐き捨てた。


「鬼神村の連中を守る為でも、仁兵衛の仇を討つ為でもない。ただ、貴様等が気に入らなかったから殺した。それだけだ」


「……っ!」


「私は最初に村人達に言った。所詮気休めだと。私達が手を貸したとて、村が蘇る保証もなければ巣食う病を消し去れる訳でもない。それでも良いなら手を貸す、と。その結果、私が出した結論は、あの村はもはや、滅びへの道からは逃れられぬ、ということだ」


 そこまで言ってから、神楽は東秀へ視線を戻す。


「まあそれでも、私はお前の城主としての采配の全てを否定はしない。全ての民を守る為、一つの小さな村の、ほんの一握りの命を切り捨てることは、決して愚ではない。お前の一番の愚行は……私と、焔獄鬼に刃を向けたことだ」


 言いながら、今度は神楽が薄く不敵な笑みを浮かべていた。


「あれは闘争と殺戮を好まない。が、自身と、自身が守るものに危害を加える者在れば、容赦はしない。人間であろうと妖であろうと、守る為の最強の力、異形なる姿で、全てのものの命を狩り取る」


 言って、神楽は東秀の首を掴む手に更に力を加えた。


 開いた東秀の口から、か細い息と声が漏れる。


 顔は真っ赤になり、目は白目を剥き始める。


「――そして私は、私が気に入らないと思った者、殺すと決めた者には容赦しない」


「やめ……っ」


 兵士達が、必死の形相で神楽を止めるべく駆け出そうとした、時。


「亡き家臣達に地獄で詫びろ」


 ごき、と。

 鈍く不吉な音が各々の耳に、不気味に届いて。


 そうして、神楽が東秀を解放すれば、東秀はその場に壊れた人形のように倒れ込んだ。


 無論、もう息はない。


 首は変な方向に折れ曲がり、口からは泡を吹き、目は白目を剥き、瞼も見開かれ。


 一国の主としては、無様な、死に様だった。


 残った二人の兵士達は絶句し、もはや戦意を喪失している。


 神楽は東秀の脇差を徐に拾い上げて、二人の兵士に切っ先を向けた。


「ひっ……」


「私の鉄扇は何処だ」


 片方の兵士が腰を抜かして、崩れ落ちる。


「し、知らない! 知ってたとしても教える訳――」


 刹那。


 血飛沫が、牢屋を赤く染めた。


 首を落とされて、兵士の一人の体が、血の海に倒れ込む。


 腰を抜かしたまま、仲間の血飛沫を浴びた傍らの兵士は、もはや、悲鳴さえ上げられず、呼吸さえも困難な様子で、必死に後退る。


「お前は知っているか」


 静かに。何処までも静かに。


 問う神楽は、さながら羅刹。


 鉄扇の在り処を言っても殺されるし、知らなくても言わなくても殺される。


「し、し……知らない……! ほ、本当だ……本当に知らない……! お、御館様なら、ご存知だったと思うけど……っ、俺は本当に知らないんだ……!」


 冷静な判断も、兵士としての矜持も誇りも玉砕された彼は、恐怖の余り泣き崩れ、失禁しながらも神楽に土下座し、命乞いを始めた。


「た、頼む! い、命だけは……命だけは、どうか……っ!」


 情けない、と言わざるを得ない姿ではあった、が。


 この姿は、人間としての本質でも、あった。


 どんなに覚悟を決めているのだとしても。どんなに命を惜しむ心を捨てて刀を握ってはいても。


 怖い、死にたくない。その声が、一度でも、自分の中で聞こえてしまったのなら。


「……では、鉄扇の在り処に心当たりは?」


「っ……あ、あんたの鉄扇を取り上げるよう命じたのは御館様だから……た、多分、天守か……も、もしかしたら蔵、とか……っ」


「……そうか」


 短く、言って。

 神楽は彼に突き付けていた脇差を引き、再び東秀の亡骸に向き直った。


 頭の悪い兵士ならば、彼女が敵に背を向けた今を好機と捉え、無謀にも主の仇だと襲い掛かって来るだろう。


 だが、彼にはとてもそんなことは出来なかった。


 一見するとただの小娘にしか見えない目の前の女が、堪らなく恐ろしくて。


 今、下手に襲い掛かろうものなら、一瞬で返り討ちに遭う。

 それも、死んだ、と認識さえも出来ないままに。


 そう直感していた男は、息を殺して神楽の行動を見守るしかなく。


 神楽は、東秀の亡骸の傍らに膝をつくと、左手で東秀の髪を乱暴に握り、右手で脇差を振り被り――小田原東秀の首を、切断する。


「っ……!」


 傍らで男が悲鳴を上げる。


 だが神楽は、もはや彼に目をくれることなく、首を持って地下牢から出て行った。


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