大義という名の陰謀
「うあぁああああぁあ!! やめろ!! やめろ……!! 離せえぇえぇえええ!!」
地下牢全体に響き渡る悲鳴。
ただ噛み付かれただけ、の筈の男の手は、神楽を振り払うどころか、どんどん彼女の歯が皮膚に、肉に喰い込んでいって。
やがて、男の手の肉を、そのまま喰い千切った。
「ああぁぁあぁああああ!!」
男は手を押さえながらその場で悶え、蹲る。
神楽は喰い千切った男の手の肉を、ぺっ! と文字通り吐き捨てて、拘束されたまま、ゆらりと立ち上がった。
体全体ではなく、手足のみの拘束に留まらせたのは、小田原の失態だった。
神楽は、痛いと泣き喚く兵士にゆっくりと近付き――
「っ、ぎゃあぁぁああああああ!!」
自身が食い破った彼の手の平を、足蹴にした。
これには傍らの男も堪らず悲鳴を上げて、後退った。
非情で残忍な仕返しをする神楽の目は、同じくらい非情で残忍、そして冷酷で。
そのまま、神楽は傍らの、もう一人の男を見遣る。
「――屑共が。とっとと失せろ」
そうして、彼女は転がる兵士を蹴り飛ばす。
無事だった男は情けない悲鳴を上げながら、倒れた兵士を担いで逃げるように去って行った。
更に、それから少し時間が経った。
何か目的があって拉致したのであろうにも関わらず、先の下衆な見張り達以外、来訪者はない。
――どうにも、悪い予感しかしない。
捕まる直前、死んだ銀次と銀次の父、そして、死に掛けていた名無しの男。
まさか名無しの男が銀次達を殺す訳がないし、銀次達が名無しの男を傷付けられる筈がない。
何かが起こっている。鬼神村に。名無しの男に。そして恐らく、焔獄鬼にも。
事態の把握が敵わない今、神楽は意図せず焦りを禁じ得なかった。
目的があるのならそれを聞いてからと思ったが、やはりここはそんな悠長な事を言っている場合ではないだろう。
体の痺れはとうに消えている。
脱出するなら早い方がいい。
そう思った神楽が、再び自身の妖気を高めて、妖力を集中させ始めた、その時。
誰かが近付いて来る足音が響いた。
「――ようこそ、我が城へ」
上質な絹の着物、何処までも不敵で勝気な笑み、腰には大小の刀と、後ろに控える明らかに腕の立つ兵士二人。
考えるまでもなく分かった。
彼こそが、小田原家が城主その人である、と。
彼、小田原東秀は背後の兵士に目配せして、牢の鍵を開けさせた。
すると東秀は、自身の腰の刀を抜きながら牢内に入り……瞬間、神楽の心の臓を突き刺した。
「っ!」
神楽が呻き声を上げると、東秀は刀を引き抜く。
大量の血液と共に体の力が抜けて、神楽はその場に倒れ込む。
明らかな致命傷、明らかに即死。だが、その傷は、いつも通り、みるみるうちに時を巻き戻すように塞がり、消えた。
「……部下からの報告はまことであったか。貴様が、妖の心の臓を喰って不死の妖怪と堕ちた女である、と」
「……だったら何だ」
「気に入った。どうだ、我が小田原に仕える気はないか? 望むならいくらでも贅沢をさせてやるぞ」
いきなり斬り掛かって来た挙句、何を言い出すかと思えば。
神楽は内心呆れ果てつつ、身を起こす。
「その役目の名は戦場での貴様の盾、か?」
「………」
吐き捨てれば、東秀は鼻で笑う。
こういう輩の考えそうな事である。
「……一つ、問おう。鬼神村の銀次と、その父を殺したのはお前達か?」
短いやり取りと置かれた状況から導き出された仮説。
だが、東秀の不敵な笑みがより濃くなったのを見て、神楽はそれこそが答えなのだと確信する。
「では……数日前、村の子供を浚おうとしたのもお前達だな。一体何が目的だ」
重ねて問えば、東秀は刀を顔の前に持ち上げた。
「知れた事。目的は、貴様等悪しき妖怪共の殲滅。そして、妖怪共に迎合した罪深き鬼神村の殲滅だ」
「……仮にも自国の民を、病に冒され苦しんでいた者達を、女子供とて情け容赦なく殺す、と?」
「当然だ。妖に心奪われるなら人間としての大罪。城主として罰するは至極当然。病に冒され明日をも知れぬ命というなら、その病の更なる流行を防ぐ為に犠牲を強いる。それもまた、城主としての当然の決断だ」
表情は笑んでいたが、目は笑っていなかった。
愉しんでいる、という訳でもないが、そこに罪悪感や微かな躊躇は一切ない。
城主として、その決断を心底誇っている、という風だった。
「村の子供を浚おうとした理由は」
「あれは予定にはなかったが、儂の優秀な家臣が思わぬ鴨を見付けてな。急遽実行に移した作戦だった」
「……権蔵と善吉、林助の三人か」
「ほう、気付いておったか。奴等は揃ってお前達への不信感を募らせていた。妖怪であるが故に、どうしても信用出来ぬ、と。なかなかどうして賢い奴等だ」
賢いも何も、人間にとってそれは当然の感情。
神楽自身、彼等の不信感は気付いていたし、それについてどうこう思う所は何もなかったけれど。
「三人を唆して、霞を連れ出させたのか」
「ああ。最初は渋っていたが、“鬼神村を守る為だ”と繰り返し説いたら覚悟を決めてくれたそうだ。まあ、結局は失敗に終わったが。もう少し肝の座った兵を送り込むべきだったと後悔しておるよ」
「殺すつもりだったのか」
「ああ。殺した後、臓物を撒き散らしておくよう命じた。子供の惨殺死体が見付かれば、妖達への恐怖が心の奥底にある村の人間達は、すぐにお前達や鬼達を疑い、恐れる。そうなれば、後はあの三人が村人達を焚き付ければ、退治とまではいかずとも、お前達二人を追い出すくらいのことは出来よう。結果としては裏目に出たがな」




