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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
四章
49/61

 

 □□□



「っ!!」


 全身を駆け抜けた一瞬の悪寒。

 思わず息を呑んで、空を振り仰ぐ。


 雲一つなく晴れ渡る空。どんなに睨んでもそこに何かある訳ではなかった、が。


 風に乗って、ほんの僅か、ほんの微か、漂って来る臭気。


 血と――肉の、腐敗していく臭い。


 同時に背筋が凍る感覚と共に理解した、人間の、死。


 今、この瞬間。二つ、命が消えた。

 それが――誰で、あるかも。


(馬鹿な……何故……)


 父親の方はまだ容体が芳しくなく、診療所である仁兵衛の家に未だ寝たきりで、とても動ける状態でも、動かして良い状態でもなかった。


 無論喋ることもあまりままならず、本人が外へ出たいと言ったとも考え難い。


 一緒に死んだのは……息子の銀次。


 彼が父を不憫に思う余り、無理に動かした?


 しかし、それだけで死ぬようなことになったり、殺されなければならなくなるような事態になるだろうか。


 否、それよりも何よりも。


 神楽が今、一番驚き、戸惑い、微かな恐怖さえ覚えている事は。


 消えた二つの命の側にもう一つ、消え掛かっている命がある、という事。


 それもその気配は――他でもない、名無しの男のもの。


(何だ……一体、何が起こった……?)


 全く予想だにしていなかった事態に、神楽は焦りを募らせる。


 とにかく、状況を確認する必要があった。


 神楽は何とか冷静さを取り戻して、名無しの男達の元へと急ぐべく、地を蹴り飛び上がろうとした――が。


「!」


 刹那。周囲に膨れ上がった複数の殺意。

 反射的に鉄扇を取り出し、臨戦態勢を取った、けれど。

 瞬間、頭上から巨大な網が覆い被さって来た。


「っ、……」


 よくある罠だった。


 漁師が魚を獲る際に使うような網。

 それを捕らえたい相手に覆い被せて身動きを封じる。


 無論、そんな在り来たりな罠など、神楽にしてみれば子供騙し以下の稚拙なもの。


 不意を突かれ若干驚きはしたが、神楽は鉄扇を取り落とすこともなく冷静に対処しようとする。


 だが、人間達の攻撃はそれだけで終わってはいなかった。


 網が投げ込まれ、神楽がほんの一瞬身動きを封じられた、その僅かな刹那、森から四人の僧侶が飛び出して来る。


『はぁ!!』


 気迫の込もった声と共に、僧侶達は神楽を四方から取り囲むような位置まで全力で走り寄り、ほぼ同時に、手にしていた何かで網を固定するように突き立てる。


 黄金色に鈍く光るそれは、独鈷。


 何の真似かを問う声を上げる間もなく、僧侶達が一様に祝詞を唱え始めて。


 その時、本能が警告を発した。


 この罠からすぐに抜け出せ、と頭の中で誰かが叫ぶ。


 だが……遅かった。


「ぐ……っ、う……!!」


 四人の僧侶の良く通る声が、より一層高らかに最後の一音を奏でた時。


 神楽の全身に痺れが奔る。


 雷に打たれた時のような衝撃。

 激しい痛みと痺れ、それに瞼の裏まで届く閃光。


 神楽は溜まらず悲鳴を上げ、その場に座り込んだ。


 恐らくこれは、妖を滅する為の術法。

 もっと力の弱い妖であったなら、この一撃で既に塵になっていたところだろう。


 痛みと痺れで上手く力が入らない。

 不本意ながらも息も切れて、正直、迂闊だったと恥じるしかない。


 とはいえ、抜け出せない程の術ではない。

 並みの妖相手ならばかなり有効な術ではあるが、神楽には通用しない。

 神楽は、全身に未だ残る痛みと痺れを無理矢理追い遣って、鉄扇に妖力を集中させる。


 ――だが。


「な……」


 再び神楽は、思わず驚愕の声を上げた。

 鉄扇に妖力を注ぐどころか――力を込めようとすればする程に、みるみるうちに力が抜けていく。


 否、正確には。


 独鈷に力を吸い取られている。


(っ、しまった……これは……)


 思わず目を瞠った瞬間、僧侶達が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


 この稚拙な罠も、術法も、神楽を捕らえる為だけのものだと思い込んで、甘く見た。


 これは、捕縛の為の術じゃない。

 今、この山全体に掛けられているものと同じ、封じ込めの術。


(……油断した……思いの外動揺が大きかったか……)


 ぎり、と奥歯を噛み締める。

 その時。森の奥から五人の兵士が姿を現した。


「――連れて行け」


「は!」


 不敵な笑みを浮かべた真ん中の兵士が一声号令を下すと、他の四人が一斉に神楽に駆け寄る。


 四人の僧侶達が独鈷を引き抜いたと同時に、そのまま彼女は兵士達によって網で簀巻きにされた。


 独鈷が引き抜かれても、妖力封じの術は発動したまま。恐らくは網全体を媒介にしているのだろう。


 抵抗する力さえ発揮出来ず、神楽は成す術なく小田原の城へと連行された。


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