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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
四章
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異変


「……、」


 焔獄鬼は、自身の洞窟の入り口に佇んで、眉を顰めた。

 次いで、空を見上げて、雲一つない青空を睨む。


 ――異変は突然に、それも、焔獄鬼に何も気取られる事無く、起きた。


「焔獄鬼」


 呼ぶ声に振り向けば、神楽と名無しの男が険しい顔で立っていた。


「貴様等も気が付いたか」


「ああ」


 短い会話で十分だった。


 神楽は焔獄鬼の右隣まで歩み寄ると、彼の鬼と同じ方向に視線を向ける。


 鳥居の向こう、洞窟内。

 先頃、彼等が洞窟内に入った時に在った気配が丸ごと、消えている。


「何があった」


 神楽が問えば、焔獄鬼は苛立ちを瞳に映す。


「分からぬ。だが、どういう訳か……奴等の気配が消えた」


「……奴等の気配、とは、あの怨念達の事か?」


「ああ」


 名無しの男も問いながら焔獄鬼の左隣まで移動する。


 かつてこの中に入った時、纏わり付いて来た数多の気配。縋るようであり、代わりになれとばかりに引き摺り込むようであった、無数の怨念。


 今思い出してもぞっとする。何故か生贄の女達には無害だったが。


「あの怨念達は……百年前のものか?」


 更に神楽が問うけれど、焔獄鬼は今度は明確には答えない。が、その無言こそが、答えだった。


「聖が……我と共にここに封じた。特に、我への憎悪、死して尚この世への未練と無念が根強く遺ってしまった者達の魂だ」


「お前への恨みを遺した者達を、お前と共に封じるとは、我が父ながらふざけた事をしたものだ」


「だがそれが忽然と消えた。もはやここは、ただの洞窟だ」


「消えた原因に心当たりは?」


「ない。が……奴の刀はまだあそこにある」


「結界が消えた影響ではない、か。まあそうだろうな。結界が消えてから既に日も経っているし」


 言って、神楽は片手を鳥居内に潜らせる。以前感じた手の痺れは感じず、焔獄鬼の言った通りここは、ただの洞窟になっていた。


「神楽」


 ふと、名無しの男が神楽を呼ぶ。

 見ると彼は屈み込んで、地面を厳しい目付きで見据えていた。


「これを見ろ」


 促され、そこに視線を向ければ、真新しい足音が複数残っていた。


「ここから先に進んだ形跡はないな」


「昨夜か、或いはこの二、三日の間に何者かがここへ来た、ということか」


「お前、気が付かなかったのか?」


 名無しの男が憮然とした声で焔獄鬼に問う。


「気付いていた。が、最近やたらと人間が来るので、あまり気にしていなかった」


「人間達が……?」


 言われて再び名無しの男が地面を探れば、確かに新しいものから古いものまで、最初にここへ来た時にはなかった数々の足跡が見受けられた。


「子供を助けた一件以来、村の人間共が供物やら祈願やらでしょっちゅう訪れるようになったのだ。お陰でこの辺はやたらと人間の食い物の匂いやらあらゆる思念の残骸で気持ちが悪い」


「あの後、村は“あの方は本物の鬼神様だ”と大騒ぎだったからな」


「……くだらん」


 心底不本意そうに吐き捨てる焔獄鬼に、神楽は微かに笑みを浮かべる。


 その時、背後から獣の足音が聞こえた。

 振り向くと、妖狼の長である叢雨が数頭の仲間達を引き連れて駆け寄って来る。


「どうした」


「山の気が極端に弱まっている。我等含め、この山に住まう全ての者達の力が消耗している」


 硬い声で言う叢雨も、いつもより覇気がないように見受けられた。

 軽く息を切らしている狼もいて、山全体のあらゆる気や力が何らかの原因で著しく低下している、ということらしかった。


「……感じぬか、焔獄鬼」


 焔獄鬼が益々眉を顰めた時、名無しの男もまた一層硬い声で呟く。


「どうやら、ここに立ち寄った人間は、村の者達だけではないようだぞ」


「……ああ」


 苦い声音で焔獄鬼が答えると、神楽も叢雨も険しい表情になる。


「恐らくは然るべき修行を積んだ僧侶が数名。洞窟内の怨念を祓い、山の気を少しずつ削いでいる」


「馬鹿な。ここは焔獄鬼の守る山、そのような事が可能である筈がない!」


 苛立たし気に、叢雨が声を荒げる。


 叢雨の言うことは間違っていない。聖の結界は消えたとはいえ、そもそもその結界の根源は焔獄鬼の力。


 封印が解かれた今、山を守る力は封じられていた頃より多少は強まっている。


 だがそれが今また弱まっている、ということは、確実に、何らかの力が掛けられているということ。


「……様子を見て来る」


「おい、」


 短く言って、神楽はくるりと踵を返す。

 苛立ったままの叢雨の声に、一度立ち止まったけれど。


「あまり人間を見縊らない方がいい」


 振り返ることなく短く言って、歩き出した。





 神楽と名無しの男は、二手に分かれて森の様子を隈なく見て回ることにした。


 神楽は焔獄鬼の洞窟から村までの区画、名無しの男は焔獄鬼の洞窟の裏手から山頂、更にその先の山まで。


 途中、名無しの男は聖が植えたという万草が生息する原へと辿り着いた。


 日当たりも良く、風も良く通る場所であったが、そこに生息する草花や木々は、明らかに生気が弱くなっていた。


 名無しの男は険しい表情で空を仰ぐ。


(成程、これは……)


「……陣、だな」


 唐突に掛かった声に、名無しの男は驚いて振り向いた。


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