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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
四章
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鬼の助け

 

「その程度の男の命で贖える程、落ちぶれてはいない。何より、くだらぬ事で時間を浪費している場合でもない」


「……、」


「銀次、他に探していない所はないのか?」


 あまりにも自然に、何事もなかったように唐突に神楽が話を振るものだから、銀次は完全に狼狽える。


「あ、いや、えっと……山ん中は一通り見て回った、筈だが……」


 そこで漸く、名無しの男は権蔵から手を離す。

 権蔵はその場に座り込み、暫し浅い呼吸を繰り返した。


 名無しの男の殺気は未だ強い。


 ある者はごくりと喉を鳴らして、ある者は恐る恐る彼から距離を取った。


 全身をわなわなと震わせながら名無しの男を見上げる権蔵を一瞥して、神楽は一先ず雨が止むまでは村で待機するよう、指示を飛ばそうと口を開いた――けれど。


『っ!』


 刹那。


 村のみならずこの辺り一帯を覆った存在感に、この場の全員が息を呑んだ。


 神楽も驚いて森の方を振り向き、名無しの男は咄嗟に神楽を背に庇うように彼女の前に立つ。


 重厚な気配。それが誰の、何のものであるかはすぐに分かった。


 近付いて来る足音。その音がより鮮明に聞こえて来る程に、全身に圧し掛かる圧倒的な存在感も、重みを増していく。


 権蔵や林助、善吉はもはや半泣きで地べたに丸まって蹲り、銀次は瞠目したまま身動きが取れず、他の村人達も座り込んだり互いを守り合うように身を寄せ合ったり。


 敵意や殺意はない。本当に、ただの存在感だけだというのに、命の危険を感じてしまう程の、気配。


 琴と菖蒲、そして神楽と名無しの男以外は、その姿を初めて目の当たりにする。


 降り頻る雨の中、森の奥から現れた、赤黒い巨体。焔獄鬼だった。


「お……鬼、神、様……っ」


 誰かが震える声で呟き、琴と菖蒲は慌ててその場で彼の鬼に向かって平伏した。


「う、嘘だろ……何で、鬼神様が……」


「何でって、そんなの決まってるだろ……っ! お終いだ……俺ら皆、鬼神様にこれから喰われるんだ……!」


 善吉が半ば喚くように言った瞬間、辛うじて立っていた者達が次々とその場に尻餅を着く。


 全ての人間が、鬼神と崇めて来た相手への絶望と恐怖に呑み込まれていく中――神楽が、静かに彼の鬼に歩み寄った。


 人間達の勝手な思い込みはさておき、神楽はどうにも気になることがあった。


 鬼の格好である。


 何かを持っているのか、右手は胸元まで持ち上げられ、更にその手の平に乗せたものを、雨から守るようにもう片方の手で覆っている。


 それは冷静に見て――単純に見て、襲撃するような格好ではなかった。


「……何か用か?」


 そして無論、敵意や殺気もない。

 本当に単純に、何か用事があって来たのだろうと思った神楽は、至って普通に焔獄鬼に問う。


 そんな様子を、琴と菖蒲はそっと顔を上げてきょとんとした目で見つめ、他の村人達は完全に狼狽えながら見つめ。


 名無しの男は、何か用かと問う神楽の声がいつもよりちょっとだけ優しいことに気が付いて、不貞腐れた目になった。


「……届け者だ」


 短く答えて、焔獄鬼はその場に膝を着いてしゃがみ込み、両腕をそっと差し出して、抱えているものが何かを、村人全員に見えるように見せる。


 固く赤黒い手の平の上に乗っていたのは――小さな子供。


「っ、霞!!」


 そう、それは正に、行方が分からなくなっていた村の子供、霞だった。


 血の気が引いた顔で叫びながら、お文が駆け寄る。


 更に焔獄鬼は、神楽の眼前に霞を差し出すように身を屈める。


 神楽は、霞を焔獄鬼の手の平に乗せたまま、彼女の口元に手をやり、そっと胸元に触れたりして容態を確かめる。


「……、」


「か、神楽様! 霞……霞は!?」


 思わず若干間の抜けた顔で焔獄鬼を見上げてしまう。


 それは、何かを驚いているというより。まるで、気が抜けた、ような。


 神楽は思わず一つ息を零して。


「寝てる」


 と、短く言い放った。


「……は?」


 同じくらい間抜けな声を上げたのは名無しの男。


 もう一度、今度は安堵の色を深く交えた息を零して、焔獄鬼の手からそっと霞を抱き抱えながら、神楽は言う。


「寝てるだけだ。雨にも濡れていないし、怪我もしていない。ついでに言えば、邪気や瘴気に当てられてもいない。こんな豪雨の中で、しかも鬼の手の平で、大したものだな、お前の娘は」


「え……ええっ?」


 娘の体を受け取りつつ、お文は素っ頓狂な声を上げながら鬼と娘の顔を交互に見遣った。


「だが、そのままでは風邪を引く。早く家に連れて帰ってやれ」


「え、いや、あの、でも、だって……」


「いいから行け。お前も疲れているだろう」


「は……はい……」


 事態に付いて行けないまま、お文は言われるまま霞を連れて駆け足で家に戻っていく。


 そんな彼女の背を見送った後、神楽は改めて焔獄鬼に向き直った。


「……ありがとう。彼女に代わって礼を言う」


「………」


「あの娘、何処におったのだ?」


 名無しの男が問う。


「万草の生える原の辺りだ。人間の兵士に気絶させられ、連れ去られそうになったところに、我が出くわした」


「なに……?」


「と言っても薬を嗅がされただけのようだがな。もう暫くすれば、目を覚ますだろう」


 焔獄鬼の言葉に、村人達はざわつき始める。

 人間の兵士と聞いて、思い当たるのは小田原家の者達だけだ。


「あのままで済むとは思っていなかったが、長いこと何も仕掛けて来ないから油断していた」


「だがしかし、何故、小田原の奴等が子供を……」


「さあ……何かの作戦のつもりだったか……」


 言いながら神楽はちらりと背後の権蔵達に視線を向ける。

 それを感じた彼等は、青い顔で慌てて神楽達から目を逸らした。


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