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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
四章
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母が為

 

全てを切り裂くしか出来ぬ腕でも

全てを破壊するしか出来ぬ肉体でも


お前に触れることが許されるなら

お前を抱き締めることが許されるなら


そう 願いは常に ただ一つ


 

「か、神楽様!」


 琴が血相を変えて、慌ててやって来たのは、銀次の父の看病をしている最中だった。

 どうした、と問えば、息を激しく切らしながら琴は早口で言う。


「こ、子供が……村の子供が一人、居なくなったんです……!」


「なに……?」


「さっき、母親のお(ふみ)さんと山菜採りに出掛けて、逸れちゃったらしくて……っ、あの……村の人達が、鬼神様に喰われたんじゃないかって騒ぎ始めちゃって……!」


 人間はどうにも脆い。


 ここ暫くで焔獄鬼は人間に危害を加えないのだと村人達も分かって来た筈なのに、いざ小さな不安が誰からともなく出て来ると、いとも容易くそれは伝播する。


 神楽は少し呆れ交じりの溜息を零しながら立ち上がった。


 村の広場は騒然となっていた。


「ちょっといい加減にしてよ! 鬼神様は人間を喰ったりしないって皆知ってるでしょ!」


「だってよ、鬼は生き物だったら何でも喰うんだろ!? 運悪く腹空かせてるところに(かすみ)が出くわしたとしたら」


 権蔵、善吉、林助の三人と菖蒲が凄い剣幕で言い争っている。


 それを住人達が取り囲み、すっかり狼狽し切った様子で眺めていた。


「まあちょっと落ち着けよ、菖蒲。権さん達も。まだ鬼神様に喰われたって決まった訳じゃねえんだし。取り敢えずは皆で手分けして探さねえと」


「たとえ鬼神様が喰っとらんとしても、あの山には妖がうようよおるんだろ? 神楽様も以前そう仰っていたじゃねえか」


「ああ、もしかするとそっちに喰われてるって可能性も……」


 林助と善吉も口々にそう言う。


 三人の言葉に、村人達は不安気に表情を曇らせる。

 相手が妖である、という紛れもない事実が、どうしても人間達の心を足踏みさせる。


 それについては仕方がない事だった。


 人の世に於いて妖とは、生き物を喰らう化け物でしかなく、神楽や名無しの男、焔獄鬼の方が“異様”なのだから。


「妖怪や鬼を信用なんかするから……」


 不意に、権蔵が神楽を見遣った。


 その瞳に、敵意と不信感が色濃く映っている。


 神楽自身、権蔵が彼女や名無しの男を信用していない事は分かっていた。

 神楽は一つ溜息を零すと、彼等に歩み寄る。


「あ、神楽様……」


「いなくなった子は霞、というのか?」


「はい。あのお文さんの娘で、この前五つになった子です。ほら、この前神楽様がお手玉で子供達と遊んであげてた時、神楽様に一番懐いてたあの子ですよ」


 言われて神楽は、数日前に村の子供達にせがまれて、一緒に遊んでやった日の事を思い出す。


 そうでなくとも彼女は最近、何故か子供に懐かれて草の見分け方を教えてやったりする機会が増えていた。


 その中でも一番彼女に懐いて来たのが、今迷子になっている霞という女の子だった。


「おい、あんた、どう責任取るつもりだい」


 菖蒲に話を聞いている途中、突っ掛かって来たのは権蔵だった。


「あの鬼は安全だって言っときながらこの有様。ほんとに霞が鬼や妖に喰われてたら、どう落とし前付けるんだ」


「……奴は人を喰わない。奴を守る妖達も」


「この期に及んで何言ってやがる。現に子供が一人いなくなってんじゃねえか」


「喰われたと決まった訳ではない。その証拠に、山の方から人の血肉の臭いはしないし、死臭もしない」


「……やけに庇うじゃねえか。同じ妖同士、情でも移ったか?」


「おい、権さん……」


 何とか権蔵を宥めようと身を乗り出した銀次を、神楽は手で制した。


「お前達こそ、やけに霞が鬼に喰い殺されたことにしたいようだが、喰い殺されていた方が都合が良い事でもあるのか?」


「……っ」


 冷酷な眼差しで言い放てば、権蔵達三人は分かり易く口籠り、僅かに青褪める。


「奴は我が父の友人。情が皆無かと言えばそうとは言い切れぬが、お前達三人には皆無だ。命が惜しければ、あまり迂闊な事を口走らない方が良い」


 言うまでもなく、それは警告だった。


 権蔵達は負け惜しみに唾を吐いて、その場を去る。


 神楽はそんな彼等をやはり冷酷な眼差しで見送って、他に集まった村人達に向き直った。


「それで、捜索の方は?」


「男共で手分けして探しに出たが、まだ見付からねえ。聞き分けのいいあの子が、無闇に一人で森の奥に行く訳ねえんだが……」


「名無しの男も一緒か?」


「いや、名無しは空から探すっつって、お前さんと入れ違いに飛んでったぜ」


 言って銀次が曇り空を指差す。


 一向に降らなかった時期が嘘のように、最近は雨が多い。


 この後、そう遠くない時間にまた降り出すだろう。


 そうなる前に見つけ出さなければならない。


「お願いします……っ!」


 ふと、悲鳴にも似た声が響く。

 振り向けば、地面に座り込んで泣きじゃくる、文の姿があった。


「お願い……お願いです神楽様……! どうか、どうかあの子を……っ!!」


 恐らくは彼女自身、随分探したんだろう。

 着物は泥だらけ、手は草で切ったのか傷だらけ、足袋も草履もボロボロだった。


 側で彼女を支える女達が、今にも再び飛び出して行きそうな彼女を必死に宥めている。


 見ると足首が少し腫れていた。


「……挫いたのか」


「そうみたいです。途中で私達がお文ちゃん見付けて、酷い腫れ具合だったから半ば無理矢理連れて帰って来たんですけど……」


 縋る文の泣き顔に、神楽は少し目を細めた。


 ――“母親”の泣き顔は、どうも、苦手だった。


「……手当てを。この薬草を貼って安静にしていれば、じきに腫れも引く」


「はい」


 側に居た村娘に薬草を渡して、神楽は立ち上がる。


「……案ずるな」


 そうして、一瞬迷った末に、文に言った。


「霞は必ず見付けて連れ帰る。私と、あの男で必ず。約束するから、貴方はここで待っていて」


 文は涙に濡れた瞳を見開き、もう一度、お願いします、と叫びながら深く頭を下げた。


 ……保証の出来ない約束など、あまり好きではない。


 そうやって約束して、果たせなかった時の責任が重過ぎて、自身の軽はずみな言葉をいつも呪って来た。


 ましてや、何の縁もゆかりもない相手に、何を好き好んで余計な責任を背負い込む必要があるのか、と。


 だが今回は、まあいいか、と思い直した。


 嘘は言っていない。


 神楽が捜索に加わり、既に名無しの男も探しているなら、霞はじきに見付かるだろう。


 神楽は、女達に連れられて家に戻っていく文を見送って、自身も山へ向けて飛び立った。


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