予感
□□□
――同刻。川原にて。
静か過ぎる程に静かで、穏やか過ぎる程穏やかなそこに、村の男が三人程、名無しの男と入れ違いに魚釣りに訪れていた。
三人が三人共無言で釣り糸をぼんやりと眺めている様子は、傍から見たら長閑なように見えなくもなかったが、その表情はどんよりと暗い。
「なあ……」
釣りに来て一時。漸く恐る恐る呟いたのは、権蔵という男だった。
「お前等、正直あの二人の事、どう思う?」
「どう、って……?」
「だからほら……信用出来るか出来ねえかって話だよ」
しかめっ面で両隣に座る仲間の顔を交互に見遣りながら、権蔵は言う。
彼の左側に座る男は林助、右側に座る男は善吉と言った。
「出来るも出来ねえも、あの人達のお陰で村があそこまで元気になったんじゃねえか」
「ああ、病人や怪我人達も最近は顔色良くなって来たし」
「けど、妖怪だぜ……?」
権蔵が険しい声音で言うと、林助と善吉は気不味そうな顔をする。
「そもそもよ、妖怪がただの善意で人間助けるなんて事、あると思うか?」
「あの二人が何か企んでるかもしれねえ、ってのか……?」
「死んだ親父が言ってた。一番おっかねえのも信用ならねえのも、人間と全く見分けがつかねえ妖怪だって。まんまあいつらの事じゃねえか。信用なんか出来るかよ」
「いや、けどよ……」
「そうだ、あの二人のお陰で村は立ち直り掛けてんだ。悪い妖怪じゃねえんじゃねえか? 横暴な城の兵士達からも守ってくれたし」
「馬鹿野郎。お前等知らねえのか? 人間の皮被った妖怪ってのは、俺等みてえな貧乏な農民なんかよりずっと頭がキレるし人間騙す為に芝居も上手いんだよ」
権蔵の言葉に、林助と善吉は互いの顔を見遣る。
彼にとって、神楽や名無しの男を警戒するのは、妖怪である、という理由だけで充分だった。
「何とかして、あいつ等を村から追い出せねえもんか……」
「追い出すったってどうやって? 村の奴等は完全に二人の事信じ切ってんだぞ?」
「そうだ、俺等が二人に出てってくれ、なんて言ったら、こっちが村の連中に追い出され兼ねねえよ」
宥める二人の言葉に、権蔵は腹立たし気に自身の拳で手の平を打ち付ける。
――その時。
「――ならば我等が手を貸してやろうか?」
突如。
背後から尊大な声が響く。
三人が一斉に驚いて振り向けば。
先日、鬼神村を襲って来た小田原城の家臣が三人、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
□□□
翌日、再び鬼神村周辺に雨が降った。
雨は翌日昼過ぎまで降り続き、今度こそ恵みの雨だと村は歓喜に沸いた。
だが。
「……どうした、神楽?」
雷鳴を轟かす雨雲を、何処か不穏な眼差しで神楽はじっと見上げる。
畑の真ん中で両腕を広げて雨を全身に浴び、肩を叩き合いながら喜びに笑う男達、焔獄鬼の山の方へ向かって手を合わせ、泣きながら礼を言う老婆、喜びつつもせっせと桶を運び出し、雨水を溜める作業に移る女達。
奇跡でも何でもなく、無論、神楽達や焔獄鬼の妖術でもない、ただの天候が齎した久方振りの雨。
だが神楽は――何故か、胸騒ぎを覚えていた。
「……嫌な雨だ。とても……気分が悪い」
心配そうに側に歩み寄る名無しの男に、神楽は硬い口調でそう言った。
歓喜に沸く村人達には、とても聞かせられない台詞だったけれど。
なまじ強い力を持つ者のそういった感覚は、決して無視出来ぬ予感でもあった。
「何も起こらなければ良いが……」
言って神楽は雨雲から村の人々へと視線を移す。
雷鳴と雨音に混じって、さながらお祭り騒ぎのようにはしゃぐ村人達。
これ程の纏まった雨は、彼等にとって僥倖以外の何物でもない。
大いなる希望の雨であり、これまでの苦しみが報われた瞬間。
もし、それを揺るがす何かが迫っているとしたら。
神楽は拳を握る。
悪い予感程当たるのだ。強い力を持つ者の悪い予感は、特に。
神楽と同じ不穏な空気を、焔獄鬼も感じ取っていた。
人里の方から、歓声が聞こえる。
長きに渡り貧困に喘いでいた村の人々にとっては、待ち侘びた恵みの雨。
余程勘の鋭い者でなければ、この胸騒ぎを感じることはきっとないだろう。
無条件で、これから先の未来が好転していくと、信じて疑わないでいるだろう。
雨は確かに天からの恩恵。
だが――それは何も、人間にとって於いてのみではない。
雨の臭いと泥の臭いは、それ以上の強い臭気を誤魔化し、洗い流す。
雷鳴轟かす雨雲を見上げて、焔獄鬼は小さく息を零した。




