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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
一章
4/61

舞う戦

 

「な……っ!」


 神楽はそのまま、全体重を乗せて更に鉄扇を尻尾に押し込み、ついには両断する。


 再び上がる妖怪の悲鳴。

 妖怪は尻尾が切られたと同時に前によろめき、反射的に腕を後ろに振って神楽を薙ぎ払おうとする。


 が、神楽はそれを難なく飛び退いて躱し、妖怪と距離を取った。


「貴様……!」


 嘲笑が一転、妖怪の不気味な目が憎悪と殺意に染まる。

 ここへ来て漸く妖怪は、神楽への警戒心を露わにしてみせた。


 無理もない。


 ほんの一瞬で妖怪の背後に回り、玩具にしか見えぬ武具で妖怪の体の一部を貫き両断した。

 これだけでも、“普通の人間”の“普通の武器”ならば決して有り得ない光景なのだから。


 妖怪の狼狽など気にも留めず、神楽は更に追撃に移る。


 地面を蹴り上げて、今度は上空、凡そ人の足では敵わぬ跳躍力を見せ、妖怪の頭上へと舞い上がる。


 妖怪は全身に妖気を漲らせ、口を大きく開けると、垂れ下がらせていた舌を僅かに引っ込め、すぐに勢い良く神楽目掛けて突き出す。


 涎塗れの舌は、神楽に向かう途中で細く鋭利な刃物のような姿に変貌していき、咄嗟に躱した神楽の着物を浅く裂いた。


 神楽はそのまま妖怪の脳天目掛けて鉄扇を振り下ろすが、妖怪もまた腕を突き出してそれを阻もうとする。


 だが神楽はそれをも鉄扇で軽く往なし、左手で妖怪の突き出された腕をとん、と叩き、その反動を利用して、妖怪の頭上を半ば飛び越える。


 すると神楽は、今度は妖怪の後頭部を鉄扇で切り裂いた。


「ぐっ、」


 先程から上がるのは、妖怪の悲鳴ばかり。

 いとも容易く殺せると思っていた相手に良いように翻弄されて、妖怪は怒りを隠し切れない。


「小娘……おのれ、貴様一体何者だ……」


 憎悪を露わに妖怪が言う。


「……さあな」


 神楽は短く答える。挑発している風でも、馬鹿にしている風でもなく。


 至極、どうでも良さそうに。面倒くさそうに。


 だが妖怪には、神楽のその態度が、自分を愚弄するものだと感じられたようで。


「虫けらめ! 嬲り殺してくれる!」


 怒りに任せて、妖怪は神楽に向けて突進して来る。


 妖怪は半ば力任せに腕を振り下ろし、薙ぎ払い、舌の刃で神楽を襲い、周りの木々や動物達をも巻き込んで攻撃を繰り返す。


 しかし神楽は、その如何なる攻撃の一つもまともに受けてはいなかった。


 全てを躱し、或いは弾き、往なし。

 その様はまるで、舞でも舞っているかのようでさえあって。


 一つも決まらない攻撃に、妖怪は苛立ちをただただ募らせていく。

 そんな、埒の明かない攻防を繰り広げていた、最中。


 ――きゅぃぃっ


 神楽が妖怪の攻撃を躱し、地面に降り立った瞬間。

 その真後ろで、か細くも痛々しい悲痛な声が響いた。


 思わず神楽が驚いて振り向けば、そこには、大木の下敷きになり身動きが取れなくなっている、一頭の子豚の姿がある。


 その子豚に気を取られた刹那が、神楽に僅かな、けれど確かな隙を作る瞬間となった。


 妖怪が不敵な笑みを浮かべ、ごお! という轟音と共に拳が振るわれる。

 それでも神楽は避けようとした。避けられるだけの余裕と素早さがあった。だが、咄嗟に出来なかった。


 避ければ――子豚も死ぬ。そう、直感して。


 神楽は咄嗟に子豚の命を見捨てることが出来ず、妖怪の攻撃をついにまともに喰らった。


「っ、!」


 短い悲鳴と共に神楽の体は吹き飛ばされ、少し離れた大木に背中が激突する。

 妖怪はこの好機を決して逃さない。


 不気味な高笑いと共に、妖怪は先程神楽に切り落とされた筈の尻尾を彼女目掛けて突き出す。

 切り落とされている分威力も速度もそこまで高くはない。


 痛みはまだ引いていないが、避ける分には障りない筈。


 そう一瞬のうちに判断し、すぐさま体を起こした神楽だったが、次の瞬間、突き出された妖怪の尻尾が、ほんの一呼吸の間に再生した。


「!」


 息を呑む間もなく、再生した尻尾の先端は鋭利な刃となり、更に速度を上げて、神楽に避ける間を与えず襲い来る。


「っぐ……!!」


 神楽の口から、悲痛な声が上がる。


 尻尾の刃は彼女の左胸の僅か上を貫いた。

 辛うじて心臓を逸れたが、それも突き刺さる寸前、何とか神楽が身を捩ったお陰だった。


「うひひひひひ! 油断したなぁ、小娘! 俺様は蛇と蜥蜴の融合体なんだよ! 尻尾なんざいくら斬られたって屁でもねえぜ!!」


 言われなくても見れば分かる事実を、声高に自慢する妖怪に、神楽は内心呆れた。


「あーあ……綺麗なべべが台無しだなぁ?」


 たった一度攻撃が決まったくらいで、何とも鬱陶しい。


「さぁて……どっから喰ってやろうかなぁ……? 目ん玉を片っぽずつ抉り出すか? それとも耳をそのまま喰らいついてやろうか? ああ、その前に……素っ裸に引ん剝いて辱めるのも悪くねえなぁ……」


 妖怪の癖に何故か最後のは人間みたいなことを言う。


 まあ尤もそれは……“人間の娘”ならば、効果覿面の凌辱方法であったかもしれないが。


 浅い呼吸を数度繰り返して、全神経を集中させて、痛みを体から追い遣る。


 そう、確かに、痛みは、ある。


 どうなったって、攻撃されれば、貫かれれば、裂かれれば、衝撃を受ければ、痛い。


 だが……所詮、痛い、だけだ。


 神楽は大きく息を吸い、目を伏せて――開けたと同時に、未だ突き刺さったままの蜥蜴の尻尾を左手で掴む。


 ――だが、その時。


「っ、が、ああああああ!!」


 一際大きな妖怪の悲鳴が、突如、森中に響き渡った。


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