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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
三章
39/61

哀しき過去

 

 □□□



 ――人間が、燃えていく。

 まだ生きている者も、既に死んでいる者も。


『――神楽……』


 どうして、こんな事になったのだろう。

 どうして、こんな事にならなくてはいけないのだろう。


 次々に疑問が浮かんで、けれど、答えなんて出る訳も、なくて。


『神楽……っ』


 多くを、望んだ訳じゃない。


 ただ、生きたかった。


 “あの人”の隣で。

 人として。


 静かに、穏やかに、生きて。

 “あの人”を、幸せにしてあげられたら。


『神楽……!』


 “あの人”が私の名前を呼んで。

 私も“あの人”の名前を呼んで。


 そうして、一緒に笑い合えたら、それで、良かったのに。


『神楽――!!』


 “あの人”の側に居られるなら。

 “あの人”の笑顔が見られれば、それで――良かった、のに……。


『――神楽……っ! 駄目、だ……お前は……っ……お前だけは、死なせない……っ!!』


 ――憶えている。

 今でも、“その瞬間”の事を。


『……っ、ごめん、神楽……許して欲しいとは、言わない……』


 大好きな、父の、声を。


『恨んでくれていい……一生呪ってくれていい……! だから、お前だけは……っ!』


 やめて、と、叫んだ。

 もう息をするのさえ困難で、声にすらならなかったけれど。


 ――だって、これは。

 こう、なったのは。


 全部、何もかも……私のせい、だから。


 私が――


『神楽……ごめん……ごめんな……』


 私が……


『もし、これからの永い時の中で、どうしようもなく苦しくて、淋しくなったら』


 私、が、


『その時は』


 私が


 “あの人”を、好きになったから。


 『その時は、北に行け。寒い寒い場所に、俺が置き去りにして来てしまった、あいつの元に』


 “あの人”に、恋を、して、しまったから。


『俺の、たった一人の友人の所に……』


 嫌。

 嫌だ、父様。

 嫌だよ。


『そして出来れば、伝えてくれ……約束を守れなくて、ごめん、って』


 嫌だ、と何度も唇を動かして。

 けれどそれが、聖に届いているのか届いていないのかすら、分からないまま。


『生きろ、神楽。きっと、あいつなら――』


 ――そうして、意識が、暗転する、直前。


 もはや自分の意志では満足に動かすことも、ただ開くことさえままならなくなった、唇に。


 無理矢理開かされ、押し込まれたのは。


 悍ましい程舌触りも歯触りも悪い、鉄の味がする、生臭い、何か。


『――っ、あ……ぅ……、っ、あぁあぁああぁぁあああぁぁああ!!』


 最後の記憶は、その、激痛。


 見えぬ力に、内臓の全てをこねくり回され、押し潰され、無理矢理造形を弄られ。

 気絶しそうになる度に、襲う激痛にそれも出来ず。


 そして。


 地獄の真ん中で、彼女は、一人、蘇った。



 □□□



 あの時の絶望を、憶えている。

 あの時の悲しみを、憶えている。


 そして、あの時の怒りと殺意を、憶えている。


「何も、違わないの」


 神楽は言う。

 いつかと同じ台詞を。

 けれど今度は、何処か吐き捨てるように。


「父と母が死んだのも、村が理不尽に焼かれたのも――全部、私のせい」


 今でも時々、夢に見る。


 最期に見た父の顔、人間達を呪う言葉を、それこそ鬼のような形相で喚き散らしながら首を刎ねられた母の顔。

 襲って来た兵士達の顔。


 でもそれは、結局。


「私が――人間の男に恋などしなければ」


 全て、私に向けられるべきもの。


「彼に、私と父の事を無闇に打ち明けたりしなければ」


 神楽が全てを、誤ったから。


「私が間違わなければ……今頃、焔獄鬼もちゃんと父と再会出来ていたかもしれない」


 それが――神楽が、父を殺したのは自分だ、と言う意味。


 両親の死も、村人達の虐殺も、全て己が招き寄せた凶事である、と。


「……その後、その人間の男とは、どうなったのだ……?」


 訊いて良いものか一瞬逡巡した後、名無しの男が言葉を選ぶように問う。


「――殺した」


 返って来た答えは至って簡素で、それでいて衝撃的だった。

 虚ろ気な瞳で、でも奥底に悲しみを隠して、神楽は繰り返し、言う。


「殺した。村を襲った兵士も、兵士に下知を下した城主も。そこに住まう女子供も、老人も。殺した。この手で、全部」


 ぞくり、と背筋が冷える。

 その“殺した”が、父の死に向けての“殺した”とは、違う意味合いであることは、問うまでもない。


 脳裏に、この鬼神村に人間の兵士がやって来た時の事が蘇る。

 冷酷な目で、「人間を殺すなら自分がやる」と言った時の神楽の瞳の意味を、ここへ来て理解する。


 名無しの男は、両の拳をきつく握った。


 冷淡に“殺した”と宣うから、その理由に道理も正当性もないと思っていた。

 冷静に“自分が殺した”と宣うから、そこに罪悪感など抱いていないのではと思っていた。


 そして、無機質に。

 “殺したければ殺せ”などと宣う、から。


 傲慢過ぎて腹が立った。


 だが――違う。そうではない。そうでは、なかったのだ。


「お前が、父とどういう関係だったのかは知らない」


 ふと、神楽が言う。


「でも、父の死を知り、悲しみ怒る心を抑えられないお前は、間違いなく父と深い関わりがあったんだろう。だから、構わない」


 男は軽く困惑する。

 構わない、という言葉の意味が一瞬分からなくて。


「お前には私を殺す理由があり、私にはお前に殺されなければならない理由がある。お前にもし、私の不死の理を覆せる力があるなら、私は謹んでこの命、お前にやろう」


「……っ、」


「だがあともう少し……もう少しだけ待って。あの村が、もう少し落ち着くまで。生き延びるにしろ滅ぶにしろ、今はまだ、放り出せる状態ではないから」


 言って、神楽は彼に再び背を向ける。


 遠ざかっていく背中に向けて、男は深く息を吸い込み、告げる。


「――殺さぬよ」


 誓いを立てるように。高らかな声で。


「我は、お前を殺さぬ。そう、今決めた。そして」


 神楽が振り向く。その顔は今まで見たことがない、とても驚いた顔だった。


「そして、彼の鬼がお前を殺そうとしても。我が決して、殺させぬ」


 言葉にしていくうちに、心の中で燻っていた迷いと遣る瀬無さが、溶けていく。


 自分にとって聖が何であったのか。それはもう、どうでもいい。


 ただ彼は、己の心の叫びに従うことに決めた。


 神楽は、何処か清々しい表情で宣言する名無しの男の顔を、暫しぽかんとした顔で見つめていたけれど。


「……そうか」


 やがて、深い溜息と共に、そう、小さく呟いた。


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