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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
三章
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父の夢、父の理想


「何とかその妖怪を斃しはしたが……酷い手傷を負ったらしい」


 聖はその時、半ば投げ遣りな気持ちでいたと言っていた。


 人を喰えず、人の世で生きるなんて発想もなく、何だかもう、全てが面倒に思えて仕方なかったと。


 このまま死ぬならそれでもいい。


 妖として、自分はもう十分長く生きたし、別に死ぬことは怖くない。生きたいと願う気持ちも理由も特にない。


 そうして、彼は、緩慢に訪れる死を、受け入れようとしていて。


「奴が神夜殿と出逢ったのは、その時であったそうだ。なかなか手強い奴を相手取っておった故、半分本来の姿に近しい見た目をしておったにも関わらず、神夜殿は、聖の手当をしてやった、と」


 何故、と問うたのだという。


 自分は妖怪なのに、と。もしかしたら次の瞬間、お前は俺に喰い殺されるかもしれないぞ、と。

 だが神楽の母、神夜は言った。


『だって貴方は、悲しいくらい、泣きたくなるくらい、淋しそうな目を、しているから』


「――それが、奴がくだらぬ夢を抱くに至ったきっかけだ」


 吐き捨てるように、焔獄鬼が締め括る。


「……――そうか」


 神楽は、小さく、ほんの少しだけ切なげな吐息と共に呟いた。


 くだらない、と終始馬鹿にする焔獄鬼の琥珀色の瞳が、何処か遠くを見ていることに気が付いて。


 くだらないと吐き捨てながら、けれど、彼の鬼は心の何処かで、聖の理想を眩しく感じていたのではないだろうか。


「……その話は、今、初めて聞いた。正直、聞けるとは、思わなかった」


「お前が奴の話を聞きたいと言ったのだろう」


「そうだな……でも……父は、自分が如何な妖怪であったのか、何故、人として生きる道を選んだのかは、終ぞ、教えてはくれなかったから……」


 知っていたのは、神夜と出逢って、人の世に紛れて人として生きるようになってからの事、だけ。


 どんな妖怪なの、と訊いても、彼はいつも、ただ図体がでかいだけの犬妖怪だよ、と、見た目のことしか教えてはくれなかった。


「……くだらぬ理想と夢だと思うておったが、奴は、実現してみせた」


 少しの沈黙の後、焔獄鬼は静かに言った。


「それが、貴様の産まれたあの小さな村だ。あそこの住人は皆、聖が妖である事を承知しておったのだろう?」


「……ああ」


「いつか日ノ本全てがそうなれば良い、と……馬鹿な事も申しておった」


 神楽は、目を伏せて、俯いた。


 小さくとも実現させた、理想と夢。

 壮大過ぎる、馬鹿な夢。


 ――出来る訳がない、と、今の神楽は知っている。


 あの村で、平穏に生きていた頃にその夢を聞いていたら、私も一緒にその夢を叶えたい、と、言っていたかもしれない。


 神楽は、聖が大好きだったから。


 敬愛し、尊敬する父の理想なら。夢ならば。

 その先に、誰も殺し合わなくていい世界が待っているのなら。


「……ほんと、馬鹿ね、父様は……。そんな事……出来る訳、ないのに……」


 俯いた先で。

 神楽が震える声で言った。

 いつかの、名無しの男の前で晒した姿と同じ、酷く、弱々しい姿。


 ――少し離れた場所で話を盗み聞きしていた名無しの男は、彼女のそんな姿を見て、考えるより先に、飛び出しそうになった、けれど。


「――お前が聖を殺した理由は、それか……」


 焔獄鬼が、労わるように、言った瞬間。


 神楽の瞳から、一粒、雫が、零れ落ちて。


 その瞬間、名無しの男は、張り裂けそうな程の胸の痛みに襲われて。

 暫く、その場から動けなくなった。





 村へ帰る途中で、名無しの男が神楽を待っていた。


「……どうした」


 口調はいつも通り。無機質な声で問えば、彼は静かに「迎えに来た」と言った。


「琴が、心配しておったぞ。お前が急に居なくなった故」


「そうか……」


 小さく答えて、神楽は歩みを再開する。


 抱えるように持った万草が、歩く度に上下に揺れる。

 擦れ違う間際、神楽の目元がまだ少し赤いのを、名無しの男は見逃さなかった。


「――お前は」


 鬼に見せていたあの表情と声、そして涙。

 その全てが、彼の心を掻き乱す。


「お前は、何故、父上を殺さなくてはならなかったのだ」


 幾度となく繰り返して来た問い。しかしほんの少しだけ、意図も含みも違う。


 責めるつもりも、理由なき憎しみがぶり返した訳でもない。


 ただ、思ってしまったのだ。


 神楽のあの辛そうな姿を見て。今にも崩れ落ちてしまいそうな姿を見て。


 父を殺したのは自分であり、自分のせいで父は死んだのだと、そう、悲し気に言った、彼女が。

 愛していた筈の父を殺さなくてはいけなかった、その理由は何であったのか、と。


「聖の理想と夢故、とは、どういうことだ」


「……聞いていたのか」


「盗み聞きのような真似をしたことは詫びる。だが……」


 拳を強く握る。

 未だ二人は、互いに背を向けたままだった。


「だが……苦しいのだ。お前の、父殺しの真実が分からなくて、堪らなく、苦しい」


 父は自分が殺した、と告げる度に見せる神楽の瞳が、堪らなく、苦しい。


 だから。


「頼む。教えてくれ。何故お前は、父を……聖を殺さねばならなかったのだ……?」


 私利私欲で親を殺した訳ではないのなら。どうか、教えて欲しい。


 聖が死んだ理由、ではなく。

 聖を殺さなくてはならなかった、理由を。


 その苦しみの、理由を。


 言い募るように言いながら、名無しの男は神楽の方を振り向く。


 頼む、お願いだ、という気持ちを精一杯込めて、自分よりずっと小さな背中を見つめる。


 ――やがて、小さな溜息が、背中越しに聞こえた。


「……本当に、お前にとって父様は、一体どんな相手だったのだろうな」


 微かに苦笑が混じった呟き。

 やっぱりそれを思い出さない限り教える気はないのだろうか。

 そう落胆し掛けた時。


「全て、私のせいだ」


 悲し気に言いながら、神楽もゆっくりと、男の方を振り向いた。


「私が……父を、母を、そして故郷を、死に追い遣った」


 それは――幾度となく繰り返して来た言葉と、一見、同じ、に聞こえた、けれど。

 男は小さな違いと違和感に、捕らわれた。


「私の村が焼き払われた、という話は憶えているか?」


 こくり、男は頷く。

 初めて出逢った頃、鬼神村へと向かう道中で、男が世間話のつもりで振った話題。


 その時彼女は言っていた。

 故郷は、とうの昔に焼き払われた、と。


「戦で……」


 その時の会話をなぞるように呟いた瞬間、唐突に、居心地の悪さを覚える。


「そう、戦には、違いなかった。少なくとも、人間達にとっては」


「……、どういう……」


 どういう意味だ、という声が、喉元で掠れて上手く紡げなかった。

 まさか、と、一瞬脳裏に浮かんだ答えを、彼は無意識に打ち消した。


「――人間側に立ってその戦を銘打つなら……“討伐”だ。人の姿で、人の世に紛れて生きていた悍ましき妖……聖と、それを匿い共生していた、悪しき人間達の」


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