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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
三章
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ただ、願ってしまった

 

「な……」


 一瞬。呼吸さえも、忘れそうになった。


「私の父、聖は、妖怪だ。それも、幾百の人間の命を喰らった後、人間への情愛を抱いてしまったが故に、人の姿で人の世に紛れて生きる道を選んだ、異端にして悍ましき妖。そして私は――純血の妖である父と、純血の人間であった母から産まれた、混血児だ」


 神楽が、出逢って初めて、男に微笑みを向けた。


 今にも泣き出しそうな……いや、微笑っているのか泣いているのか分からない、そんな、笑みだった。


「聖という名も、真名ではない。聖という名は、父が“そうでありたい”という願望と戒めの意味を込めて、自分で付けた人としての偽名だ」


 ――確かに、よくよく考えてみたら、その可能性に気付くべきだった。


 百年前に鬼を封印したのは、人間の青年だと言い伝えられているが、そもそも。


 最強種族の、その頂点とも言われる“最強の悪鬼”を、人間が、たった一人で封じるなど、出来る筈がない。


 それが出来たということは即ち、その者も同等かそれ以上の力が在ったということであり。

 そんな強大な力は、人間の器では余る。


 気が付かなかったことに、男は何だかとても悔しい気持ちになり……同時に、彼は、この時、一つの真実に、辿り着いた。


 心の片隅で、気になっていた、疑問の、答え。


 即ち――神楽は、誰の心の臓を喰って不死の妖になったのか。


「お前……お前が、喰った、心の臓、は……」


 震える声で、呆然と呟く。


 すると神楽は……ほんの少しだけ、あの悲しい微笑みのまま、顔を俯かせて。


 それが――答え、だった。


「何、故……っ」


 男は苦し気に、神楽との距離を詰める。


「それ程までに力が欲しかったのか!? 実の父を殺して、その心の臓を喰らって……そうまでして、不死の体と妖力を欲したのか、お前は!!」


 男の慟哭に驚いて、近くの鳥が飛び立った。


 彼は湧き上がった感情のままに、尖らせた爪を振り被り、左手で彼女の胸倉を掴み上げる。


「そんなことの為に……聖を殺したのか!!」


 神楽は抵抗する素振りさえ見せない。


 俯かせたまま、ただ、男にされるがまま。


 男ももはや、躊躇う気持ちは微塵も感じなかった。


 理由など、聞かなければ良かった。


 神楽が、聖を、殺した。


 それだけで――十分ではないのか。


 ――けれど。


「ああ……」


 自らの浅い呼吸の合間に、滑り込むように聞こえた、弱々しい、声。


「そう、だな……」


 それが、目の前の女の声であることに、咄嗟に気が付かなかった。


「そうだ、と……嘘でも言えたなら……」


 目の前の女の微笑みが、もはや、微笑みではないことに、咄嗟に、気が付かなかった。


「笑いながら、そうだ、と、嘘でも言えたなら……そういう女だったら、良かったのにな……」


 微笑っているのに、微笑っていないのだと、咄嗟に……気が、付かなかった。


「人間ではなくなったあの瞬間に……そういう、妖になれていたら……良かったのに……」


 口調が、いつもと違う、ことに。

 咄嗟に……気が、付く、ことが、出来なかった。


「でも……何も、違わないの」


 ――男は、爪を、人間の形に、戻していた。


「父は……父様、は……」


 そうして――気が付いた、ら。


「間違いなく……私が殺したの」


 彼女を、きつく、抱き寄せていた。


「私のせいで――父様は、死んだの」


 それでも彼女は……泣いてはいなかった。

 微笑ってもいなかった、けれど。


 胸の内でぐるぐると渦巻いていた憎悪が、消える。

 結局、分かった事は何もない。


 聖にとって自分が何であったのか。

 自分にとって聖は何であったのか。


 聖は何故死んだのか。

 神楽のせいで聖が死んだ、とは、どういう事なのか。


 けれど――

 震える神楽の体をきつく抱きながら、男は思う。


 ――自分はもう、神楽に刃は向けない。

 殺せない。絶対に、殺さない。


 分からない事、全て、このまま、分からないままでもいい。


 何も分からなくても、何も得られなくても、何も戻らなくてもいい、から。


 この娘と、共に居たい。

 この娘を、独りにしたくない、と。


 そう、願って、しまった。



 □□□



 視線を感じて、神楽は洗濯の手を止めた。


 拙くも多少なりとも整備されて来たお陰か、病人達の容態もここ最近は落ち着きを見せ始めている。


 それでも日に日に死人は出るものの、村人達は以前より悲観を見せない。


 そんな、少しずつ、けれど確かに、着実な“希望”が包む中。


 その視線は、何とも妙な視線だった。


 悪意もなく敵意もなく、殺気もなければ殺意もない。

 無機質なのに存在感だけは肌を刺激する程に強く。


 だがそれ故に、その視線の正体は簡単に見破ることが出来た。


 神楽は一つ溜息にも似た息を零すと、手拭いで雑に手を拭いて、襷で上げていた袖を下ろし、視線の主の元へ出向いた。


「……何か用か?」


 村からそう遠く離れてはいない場所で、何処へ向かってでもなく呼び掛ければ、茂みから姿を見せた狼が一匹。


 幾度となく刃を交えた妖狼の長、叢雨だった。


 敵意や悪意はない、が、その鋭い目は明らかに機嫌が悪そうだった。


「……焔獄鬼が呼んでいる」


 ぶすっとした声音で短く告げると、叢雨はさっさと神楽に背を向けて林の奥へと戻って行く。


 迎えに来たのか呼びに来たのか、いずれにしても今回の叢雨は、焔獄鬼の遣いでしかなかったらしい。


 神楽はもう一度小さく息を零すと、焔獄鬼の洞窟の方へと歩き出した。


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