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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
三章
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英雄の真実

 

 村で一番病状が重いのは、銀次の父親だった。


 そこそこに体格も良く丈夫な体をしていたが、病に冒された途端にみるみるうちに体力を失っていき、全盛期に比べて体つきも衰えてしまったという。


 運ぶのに少々手間取りそうではあったが、病の蔓延と感染を少しでも食い止める為には、やはり、神楽が運ぶのがいいだろう。


 抱えて飛べば多少は楽だし。重さは変わらないけど。


 銀次の家は畑から一番近い場所にあった。


 大人二人が一緒に住むには少々手狭な外見だが、名無しの男曰く、長老宅の次に頑丈な家屋らしい。


 成程、住んでいる者達の風貌から言っても納得だった。


 神楽は、そんな屈強だけど小さな家屋の戸を半ば無遠慮に開いて――


「……、!」


 中の様子を見て、思わず小さく息を呑んだ。


「……お前」


 少し苦しそうな寝息を立てる男の傍らに、彼の表情を覗き込むようにして座る名無しの男。

 まさかここに先に来ているとは思わなかったので、神楽は不覚にも驚愕を隠せない。


「……この者と……男の患者は我が運ぶ」


「………」


「お前は女子供を運ぶといい。その方が患者達にとっても都合が良かろう」


 素っ気なく言いながら、名無しの男は銀次の父を肩に担ぎ、神楽の横を通り過ぎる。


 相変わらず、目は合わそうとしない。


「……私に気遣いなど無用だと言った口で、随分と親切なことだな」


 寝込みを襲おうとした男が何を、と何だか可笑しくなって嘲笑交じりに神楽は吐き捨てる。


「――勘違いをするな」


 男は振り向かない。神楽も勿論、振り向かない。

 互いに背中を向けたまま、男もまた、吐き捨てた。


「お前を気遣っての事ではない」


 男は気付かない。無意識に、銀次の父の体を支える手に、悔し気に力を込めていることに。


「誰が……お前を気遣うものか」


 そうして彼は、銀次の父を抱えて、空に飛び上がる。


 彼の姿が見えなくなると、神楽は小さく溜息を吐き出して。


 次の重病人が居る家へと向かった。





 名無しの男が、森の中を一人歩く神楽を見掛けたのは、焔獄鬼の封印が解かれて十日目の昼間。水汲みの帰りだった。


 薬草か山菜でも摘みに行く途中かとも思ったが、それにしてはそれを入れて運ぶ(かご)等は持っておらず、しかも向かっている先は焔獄鬼の洞窟の方向だったから、不思議に思わないではいられなかった。


 気配を殺し、素早く彼女との距離を詰めて、追跡する。


 焔獄鬼に会いに行くのだろうか。だが、そうであるとしたら一体、何の用で?


 考えたとこで分かる筈もない疑問を、心中でぐるぐると繰り返す。


 そうしながら進んでいると、突然、彼女が道を逸れた。

 焔獄鬼の洞窟がある方ではなく、全く違う場所へと向かい始める。


 尾行がバレたのかと一瞬冷やりとしたが、そう言う訳でもなく、神楽は最初からそちらに向かっているのだと分かった。


(一体、何処へ……)


 洞窟と川以外の場所に行ったことがない男は、ますます訝しく思う。


 更に彼女は、森の奥へ奥へと進んで行って――不意に、視界が開ける。


「……、!」


 そこは、丘だった。


 切り立った崖の先には、墓と思われる土と石。

 古くはない。寧ろ新しい。


 一体誰の……。


 そう思いながら無意識に一歩、足を踏み出した時。

 ぱき、と小枝を踏んでしまった。


「………」


 咄嗟に体を跳ね上がらせて下がったけれど、振り向いた神楽は、名無しの男がそこに居ることに、別段驚く風でもなく。


 何事もなかったかのように、再び墓に向き直った。


「……それは、誰の、墓だ……?」


 何も言わないので別に居てもいいんだろう。

 そう都合良く判断した男は、少しだけ恐る恐る彼女に近付き、問うた。


「――仁兵衛」


「、!」


「ここから、鬼神村が見えるだろう? 琴の意向だそうだ」


 言われて男は、水桶をそっと足元に置いて、自らも墓の側に歩み寄る。


 確かにそこから、鬼神村が一望出来た。

 天気が良いせいだろうか。


 結界が消え、貧困と飢餓で困窮している筈の村は、それなのにここから見下ろすととても穏やかで、静かで、心が和む。


 気持ちが少し楽になったような気さえ、して来る。


 ふと、隣の神楽を見遣って――男は小さく、息を零した。


 村を眺め、仁兵衛の墓を見つめる目が――とても、淋し気で、切なげ、だったから。


 あまりに切なくて、胸の奥が、一つ、音を立てた。


 一方で、あまりの無防備さに、これは好機だと思った。


 今なら――殺せる。


 そうして、両の爪を妖力で尖らせて……けれど。

 持ち上げることさえ、出来なかった。


「っ……」


 男は居た堪れない気持ちになって、神楽から目を逸らす。


「――聖、は」


 そして考えるより先に、言葉を唇から滑り落としていた。


「聖は……お前の父上は……どんな方、だった」


 何かを耐えるような名無しの男の声音に、神楽はそっと彼を見上げる。

 随分久し振りに、この男の顔をちゃんと見たような気がした。


「……今となっては、記憶も曖昧だ」


 答える必要はない、と思った。


 この男にとって聖が何であったのか、聖にとってこの男が何であったのか。

 ひと欠片さえ思い出せないうちは、聖の事を語る意味などないと。


 だが、神楽もまた、考えるより先に言葉を紡いでいた。


 否定でも拒絶でもなく、父親について、純粋に、飾らぬ言葉と気持ちで。


「憶えているのは、その優しさと……愚かなまでの人間愛」


 与えられたものが、何であったのかを。


「人を愛し、人を慈しみ、人として生きて死ぬことをひた願い、それを生涯の生き甲斐であり誇りだと、よく、言っていた」


「……、大袈裟だな。人を愛することも、人として生きて死ぬことも、わざわざ願う必要もあるまい。人間であるのなら当然の道筋だ」


「……そうだな。だが……父には、それが一番難しい事であり、尊ぶべき事だった」


 どういう意味だ、と問おうとして、違和感に気付く。


 その違和感を優しく包み込むような目で、神楽は、言葉を続けた。


「――父は、人間ではなかったから。人間ではないのに、人間を愛してしまった、愚かな異端の妖だったから」


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