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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
三章
31/61

生きるか死ぬか

 

 □□□



「――ふっ!」


 名無しの男が両の爪を振るえば、三本程の大木が纏めて大きく傾き、地面に倒れた。


「細い枝は薪に。幹は我がこれからまた裁断する故、順に村に運べ」


 短く的確に指示を飛ばすと、鋤や鍬を持った村の男達が首肯し、比較的体格の良い男達は丸太を運んでいく。


 その作業を暫くこなした後は皆で村に戻って、土木作業が開始された。


「工具はありったけ搔き集めたが、如何せん錆び付いてるもんも多くてなぁ」


「では最初は人手を分けよう。まだ体力に自信のある者は使える器材で建設作業に、残りは刃物類を研げ」


 名無しの男の指示の下、男達は一丸となって作業に取り組む。


 ――焔獄鬼が眠りから覚めて二日。


 鬼神村は、最後の望みを胸に、再起へと向けて全員が立ち上がった。





「鬼神様の封印が……解かれただって!?」


 神楽達が琴と菖蒲を連れて村に戻った日。


 聖の結界の効力が切れていることや、焔獄鬼の封印が解かれたことを知らせると、村はやはり一時騒然となった。


 更に、神楽が焔獄鬼の封印についての真実と、自身と聖が親子関係であった事を告げられ、村人達はもはや一様に絶望に支配され、その場に崩れ落ちる者が多かった。


「もう、駄目だ……俺達はもう……」


「嫌だ……そんなの、嫌だ……死にたくない……死にたくない……っ」


「何で……何であたしらがこんな目に遭わなきゃいけないの……!」


 誰もが泣き崩れ、どう足掻いても現状を変えられぬという突き付けられた事実に、嘆きと恨みの声を上げる。


「くそ……こうなったらもう……自分の身は自分で守るしかねえ……!」


 そんな中、拳を震わせながら立ち上がったのは、村で一番喧嘩っ早いと評判の大男だった。


「聖様の結界が俺等を守ってくれるもんじゃなかったってんなら、俺等があの方に義理立てする必要も、鬼を神様なんて崇める意味もねえ!」


 言いながら彼は、側に落ちていた鍬を拾い上げて、高々と持ち上げながら叫ぶ。


「このまま理不尽に殺されるのを待つなんて御免だ! 俺は今から焔獄鬼を斃しに行くぞ!」


「お、おい待て! 逸まるなよ! そりゃいくら何でも無茶だ!」


「無茶でも何でも、やるしかねえ! 慈しみの鬼って話だが、鬼には違いねえだろ! いつ腹空かせて襲って来るかも分かんねえのに、手放しで安心出来るか!」


「いや、だけどよ……っ」


「そもそも、焔獄鬼が封印されたのだって、事実百年前に人間を虐殺したせいじゃねえか! 瘴気が消えたからって今後も絶対人間を襲わねえ保証にはなんねえだろうが!」


 男の怒りの声に、村人達が項垂れる。


「俺は一人でも行くぞ! 付いて来る奴はいるか!?」


 もう一つ鍬を持って、彼は山に向かって歩き出す。


「よ、よし……俺も行く」


「俺も……」


 恐怖に突き動かされて、数人の男達がそれに続く。


 琴と菖蒲が慌ててそれを止めようとしたけれど、すかさず、神楽が彼等の行く手を阻んだ。


「……退いてくれ」


「断る」


「あんたも鬼の肩を持つのか? 同じ妖として同情でもしてんのか」


 言いながら男が鍬を手で弄び始める。

 彼なりの威嚇のつもりなのだろう。

 だが無論神楽はそんな子供騙しの威嚇に動じる訳はなく、冷たい眼差しで彼等を見上げた。


「あの鬼がどうなろうと、お前達がどうなろうと、私の知った事ではない」


「んだと……?」


「だが無駄な事はせぬ方が良い。あの鬼は、お前達が殺してくれといくら懇願しようと、お前達を殺しはせぬぞ」


「てめえ……喧嘩売ってんのか」


「そんな農具では鬼どころか如何な妖にも傷一つ付けられない。そんなしょうもない事に時間を割くくらいなら、村を何とか生き延びさせる為、出来る事をやる方が建設的というものだ」


 馬鹿にしているのか説得しようとしているのか分からない論法だったが、神楽の言葉に、男達は押し黙った。


「あの鬼はお前達を殺しはすまい。が、あの鬼を守ろうとする妖はあの森に多く存在している。どうしても死に急ぎたいのなら止めはしないが、焔獄鬼に戦いを挑めば、間違いなくその妖達に返り討ちに遭い、犬死にする。更に、恐らくは死体は喰い荒らされることだろう。そんな無駄な事をした先に、何が残る」


 そうして彼等だけでなく、いつの間にか村人全員が押し黙り、悔し気に、悲し気に唇を噛んでいた。


「望んで死にたい訳ではないのなら、今はやるべき事がある」


 神楽がそう言うと、琴と菖蒲が彼女の前に出て、村人達に向かって声を上げた。


「皆、立って!」


「そうよ、このまま飢え死にするのをただ待つつもり!?」


「琴……菖蒲……」


「まだ希望を捨てちゃ駄目です! 皆で、村を何とか生き返らせましょう! 神楽様達も引き続きお力を貸して下さるそうです!」


 琴の必死の呼び掛けに、村人達は互いに顔を見合わせる。


「それこそ無駄だ……井戸も畑も枯れちまって、村人の半分は床に臥せってる。こんな状態で村を生き返らせるなんて……」


「琴よ、これ以上、糠喜(ぬかよろこ)びさせるような事は言ってくれるな……俺達の希望は、とっくに絶たれてるんだ」


 鬼神も聖も自分達を守ってくれる存在ではなかった。


 明かされたその事実が余程堪えたのか、誰もが失意の底で項垂れる。


「でも……っ」


「――死にたいのなら好きにすればいい。私とこの男は、村を早々に立ち去るだけだ。共に滅びてやる義理もない」


 菖蒲が何とか言い募ろうとした時、神楽が敢えて心底嘲るような口調で吐き捨てる。


 数人の村人が睨むように神楽を見据えたが、彼女はそれさえも鼻先であしらった。


「ここでお前達の愚痴を延々と聞かされ続ける事。それこそが私にとっては時間の無駄だ。だからさっさと決断を下せ」


「決断? 何のだよ」


 見下し切った目で言い放てば、鬼を殺すと息巻いていた男が憮然と問い返す。


「生きるか死ぬか」


「……っ」


「生きたいと願うなら力を貸してやる。死にたいなら今すぐ自害しろ。生きるのも死ぬのも怖いなどと甘ったれた事を言う奴はこの場から立ち去れ。間違えるな、こうなった以上、生を望まぬ者は全て、この村にとっては邪魔者でしかない」


 そしてこうなった以上、選択は生きるか死ぬかのみである、と。


 神楽が言い放てば、村人達は俯いて、肩を震わした。


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