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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
三章
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まだ

 

「村を救った英雄が、実は鬼と友達だった!? 結界を張ったのが鬼の為だった!? 冗談じゃないわよ! いえ、それだけならまだしも、あんたのお父さんはここに人が移り住んで来るかもしれないってちょっとでも思わなかったの!? 鬼が起きて無事に生きられたら、人間なんてどうでも良かったの!?」


「菖蒲ちゃん……!」


「――それがお前達の本音か」


 菖蒲の恫喝に、けれど神楽はせせら笑う。

 冷酷なまでに冷ややかな笑いに、菖蒲は背筋が凍らせる。


「自分達を永劫守ってくれる鬼神様、などと都合良く持て囃しておきながら、封印が解かれて真実を知ったらあっさり手の平を返すか」


 そう言いながら、神楽は菖蒲の手を捻り上げるように自分から離す。


 無論菖蒲は痛みに顔を歪めるけれど、神楽はそんなこと構わない。


「鬼なんて人を喰らう化け物、封印されている上に瘴気も浄化されて、しかもそのお陰でずっと平穏無事に暮らせるなら、これ程幸運なことはない。もうずっと眠っていてくれればいい――それがお前達の本心だったのだろう」


「い……っ!」


「っ、神楽……!」


「土地が痩せ、水が枯れ、病が蔓延る。日ノ本の何処ででも起きているそれらが起きないのは鬼神様のお陰だと崇めておきながら、いざそれらの飢饉が降り掛かれば鬼神のせいにする。だからお前達は愚かだというのだ」


 菖蒲の腕の骨が軋む音が響く。


 名無しの男が駆け出した。


 菖蒲が傷付けられるのを止める為、というより、神楽が菖蒲を傷付けるのを止めなくては、と思った。


「勝手な事ばかり言っているのは――お前達人間の方だろう」


「かぐ――っ」


「――もう止せ、聖の子よ」


 名無しの男が、神楽の手を掴もうとした、瞬間。

 重厚な……それでいて何処か、悲しそうに焔獄鬼が神楽を止めた。


「お前のその痛みと我の境遇には、些かの関わりもない。本意でない事は止せ」


 言われて、神楽は苛立ったような目で焔獄鬼を睨んだ。


 さっきまで冷淡だった彼女が、ここへ来て、あからさまに感情を露わにしていた。


 何よりも名無しの男は、その事に驚きを隠せない。


 暫しの沈黙の後、神楽は放り投げるようにして菖蒲を解放した。


「それで――これから何とするつもりだ」


 菖蒲が怯えたように後退り、神楽から少し離れた場所に移動した後、焔獄鬼が何処か面倒そうに言った。


「貴様の言う“愚かな人間”の為に、父の代わりに貴様が我を討つか?」


 名無しの男が鬼を腹立たし気に睨む。


 出来る訳がないと分かっている事を、敢えて面倒くさそうに言う辺り、挑発のつもりなのだろうか。


 だが、神楽はそれ以上に面倒そうに大きな溜息を零して。


「そのような無駄な事をするつもりはない」


 と吐き捨てた。


「貴様の封印が解かれていようと、村の結界が効力を失っていようと、私にしてみれば心底どうでもいい話だ」


「……ならば何故、この地に参った」


 焔獄鬼が琥珀色の瞳を顰めつつそう問う。


 すると神楽は、再び聖の遺した鉄扇と、地面に突き刺さっている刀に視線を向けて。


「――ただ、見に来ただけだ」


 少しだけ、切なげな目で言った。


「父の友人を、見に来ただけだ。貴様の封印が解かれていたことと、結界の効力が切れていたことは、確かに少し想定外ではあったが……別に、ただ、それだけだ」


「………」


「それに、貴様を討ったところで村の窮状は変わらぬ。今の貴様に人を虐殺する意志がないのなら、貴様に戦いを挑むなど時間と労力の無駄だ」


「……我が、それを望んでも、か?」


 瞬間、焔獄鬼が突然妖気と敵意を解放する。


 琴と菖蒲はその強大さと重苦しさに身を強張らせ、互いを庇い合うように身を寄せたけれど。


「……最強の慈鬼ともあろう者が、くだらぬことを。そのような隙だらけの敵意で私を挑発出来ると思っているのか」


 再び吐き捨てるような神楽の言葉に、やがて焔獄鬼は眉を顰めながらも妖気と敵意を霧散させた。


「死にたいのなら勝手に死ね。貴様が死のうが生きようが、眠っていようが起きていようがどうでもいい」


 言って、神楽はくるりと踵を返し、そのまま今度は琴と菖蒲の方へ歩み寄った。


 二人は揃ってびくりと肩を震わせ、怯えた目付きで神楽を見遣る。


「……これで分かっただろう。お前達が如何に自身を犠牲にしようと、何の解決にもならないばかりか、村は決して救われない」


 鬼に向けていた声音より幾分か柔らかく、静かな声で神楽は言った。

 親が子を諭すような口調は、二人の心に忘れ掛けていた絶望と悲しみを蘇らせる。


「でも……じゃあ……私達は一体……どうすれば……っ」


 言いながら二人は同時にその場に崩れ落ちる。

 神楽は、そんな二人に視線を合わせるように少し屈んで――二人の涙を、そっと拭ってやった。


「――希望は、もう残っていない訳ではない」


「え……?」


「蔓延る病を消し去る術はない。痩せた土地が明日にいきなり蘇ることはない。それでも、お前達にまだ、死にたくないと強く願う気持ちがあるならば。今からでも、足掻くことは出来る」


 名無しの男が、小さく息を呑んだ。


 琴と菖蒲は呆然と、神楽を見上げたまま、彼女の言葉の真意を掴みあぐねているようだった。


「出来る事は多くはない。それを一つ一つやってみたところで、やはり徒労に終わって村は滅ぶかもしれない。だが、このまま絶望に心を奪われて、ただ死を待ちながら生きるのが、お前達の望みではあるまい」


 そこで、琴と菖蒲の瞳に、一筋の希望が揺らめき始める。


「……ある、んですか……? 何か、村が少しでも救われるかもしれない、方法が……」


「ああ。鬼に贄を与えるのと同じくらい、保証も確証もない希望だけれど」


「それでも……それでも、いいです……!」


 感極まったのか、琴が涙を流しながら神楽に縋り付いた。


「このままなんて嫌……絶対に、嫌です……! お父さんの為にも……っ」


 必死な眼差しだった。


 菖蒲も、琴の肩をそっと抱きながら、強く賢明な目で神楽を見つめる。


 神楽は、小さく息を零しながら一度目を伏せて。


「分かった」


 と、頷いた。


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