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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
二章
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呼び掛け


 ――どくん。どくん……


 自身の鼓動がいつもより大きく速いことを、神楽は自覚していた。


 この先に、彼の鬼が居る。


 色々な事があって失念しかけていたけれど。

 神楽の本来の目的は――この先に眠る“最強の悪鬼”焔獄鬼であった。


 そうして、名無しの男から聞いていた洞窟の最奥。

 そこに、ついに彼女は辿り着く。


 彼の言っていた通り、岩壁には鬼の姿。

 一体の岩壁全てが、鬼の体そのものと言って良かった。


 眠っている鬼を前に、けれど確かに圧し掛かる存在感と畏怖。


 神楽は無意識に眉を顰め拳を握った。


「神楽様!?」


 その時、不意に彼女の名を呼ぶ女の声が響く。


 贄としてこの場に差し出されて十日と少し。

 これまた名無しの男が言っていた通り、二人の生贄は健やかな様相でこの場に留まっていた。


「どうしてここに!? まさか、今度は神楽様まで生贄に……!?」


 旅の御方に何て事を、と琴と菖蒲が狼狽える中、神楽は二人に歩み寄る。


「お前達、あれから変わりはないか?」


「え……? ええ、特には。やっぱりお腹も空かないし全然辛くないです」


「鬼神様のお顔を眺めて過ごしてます。時々話し掛けたりなんかもしてますよ。勿論、返事は返って来ませんけど」


「こう言っては父や村の人達に悪いですけど……ここに居ると、村での苦しい生活を全て忘れられて、とても、居心地が良いんです。鬼神様がお許し下さるなら、ずっとここに居たいです。それで村が少しでも良い方向に進むなら、願ってもない事ですし」


 琴と菖蒲が交互に答える。


 その声も表情も、村で生きるか死ぬかというぎりぎりの状態で生きていた頃よりずっと穏やかで、幸福そうにさえ見えた。


「……、成程……」


 二人の顔を眺めて、神楽は一つ、息を零した。


 溜息にも似たそれは、けれど、何処か、淋しそうで。

 琴と菖蒲は不思議そうな顔をした、けれど。


「琴。お前に伝えなくてはならない事がある」


「え?」


「良くない報せだ。落ち着いて聞け」


「ちょ、何よ……何があったの?」


 琴と正面から向き合い神楽が告げると、菖蒲がそっと琴の肩に手を乗せつつ問い返す。


「仁兵衛……お前の父上が先刻、亡くなられた」


「……え……?」


「殺されたのだ。この地を統べる小田原家が家臣に」


「嘘……そんな……嘘……! 嘘ですよね!? どうして父が、お役人様に……!」


 突然齎された父の訃報に、琴は混乱し、神楽に詰め寄る。


「鬼神村が飢えと病に瀕しているからだ、と言っていた。結界の力が弱まり、挙句このまま消滅すれば、いずれ鬼も目覚める。そうなる前に、病が他の村に広がらないようにする為に、村を焼き払う、と」


「そ……んな……」


「ちょっと待ってよ! じゃあ、私達の村は……!」


「案ずるな。兵士達は全て追い払った。長老様と他に数名やられてしまったが、村は無事だ」


「……、」


「尤も、このままで済む保証もないが」


 苦い口調で締め括った時、琴ががくりと膝を着き、その場に泣き崩れた。


 村を救い、親兄弟を守る為にここに来た筈なのに、ここで穏やかに呑気に過ごしている間に、父を理不尽に殺された。


 その事実に打ちのめされて。


 琴の悲鳴とも泣き声ともつかぬ声が、岩に反響し狭い空間を支配する。


 菖蒲はそんな琴を、そっと抱き締めた。


 神楽は二人を暫し静かな眼差しで見つめていたが、やがて、鬼の眼前に突き刺さっている刀の側へと歩み寄った。


 焔獄鬼の瘴気を浄化し続ける為の術具。抜けば封印が解かれ、焔獄鬼は永き眠りより覚める。


 名無しの男は言った。

 何故か、その刀に、酷く魅入られた、と。


 その理由を――神楽は、知っていた。


「………」


 無意識に、手を伸ばし掛けて、寸でで、止める。


 この刀は……私が、触れては、いけない。


 鬼が目覚めようと眠っていようと、どうでもいい。

 それでもこの刀にだけは、今の私には、触れる資格なんて、ない。


 拳を握り、両目をきつく閉じる。


 琴と菖蒲からは見えなかったけれど、彼女のその表情は、これまで見た事もない程に辛そうで、苦しそうだった。


 だが、彼女はほんの数秒で心を鎮まらせて、いつもの毅然とした顔で、岩壁に封じられた鬼を見上げる。


 その姿はさながら、彫刻のようであった。


 何年もかけてこの洞窟のこの場所に、鬼の姿をそのまま彫って、一つの芸術品として残した――そんな風に見えてしまう程だった。


 神楽は、そっと自身の胸元を押さえて、小さく深呼吸をする。


 鼓動が収まらない。封印されていて尚、感じる畏怖に、神楽も何とか耐えているのが現状だった。


「――聞こえるか、“最強の悪鬼”よ」


 己を半ば奮い立たせるように、神楽はいつもより高い声で呼び掛ける。


 未だ封じられている、悪鬼に向けて。


「既に眠りから覚めておろう。我が声が聞こえているならば応えろ」


 側で、琴と菖蒲が同時に息を呑み、互いに顔を見合わせた。


 しかし鬼は何の反応も示さない。


 焔獄鬼が実は目覚めている、などと、神楽の勘違いではないのかと二人がそれぞれ思い始めた、時。


「狸寝入りか。だが感じているだろう、焔獄鬼。私からあの男――お前を封印した、聖と同じ気配と臭いを。」


 無視し続けていられるのか?


 そう、神楽が挑発的に言い募った、刹那。


『!!』


 この場の空気が、一瞬で、変わった。


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