人間狩り
村人達はその場にがくりと膝を着き、ある者は呻くように泣き崩れ、ある者は泣き叫び、そして。
「……っ、う……うぁあああぁああぁぁああ!」
ある者は絶望と怒りで我を忘れて、手近な家の壁に立て掛けられていた鍬を振り上げながら、兵士に襲い掛かる。
「っ、止せ!!」
名無しの男が咄嗟に叫ぶ。
だが……その者は呆気なく、二人目の犠牲者となった。
「っ……何をしておるか!! 呆けておらんで、全員殺せ!!」
完全に我に返った兵長が、再びそう檄を飛ばす。
瞬間、森に潜んでいた残りの兵も、弓兵も全てが姿を現し、再び村人達の掃討を開始した。
村人の誰もがもはや、逃げる気力も悲鳴を上げる気力もなかった。
けれど。
放たれた矢を、神楽は鉄扇で、名無しの男は腕の一薙ぎで振り払う。
二人の背には仁兵衛の遺体と、へたり込む村人達。ただの一本たりとも、矢は彼等に届いていなかった。
「……仁兵衛と村人を頼む」
短く言って、神楽は更に兵達との距離を詰める。
「神楽……」
何故か、ほんの一瞬、何か……不安、のようなものを感じて、名無しの男は彼女の名を呼んだ。
「――人間を殺すなら」
応えるように呟いて、神楽は、鉄扇を一振り。
飛んで来た矢は三度全て振り払われ、断ち切られて、木屑同然に地面に落ちる。
「私が――殺る」
ぞくり。
冷たく神楽が言い放った瞬間、名無しの男の背筋が僅かに冷え、周りの空気も凍り付いた。
刹那。
「っ!!」
兵長の背後に、突如として現れた影が一つ。
そして――
「な……」
上がった声は悲鳴か、それとも驚愕のあまり息を呑んだ音か。
何が起こったのか。
理解出来た者も、ちゃんと目で追えた者も、誰も居なかった。
只一人……名無しの男を除いて、は。
「……、小、娘……!」
赤い血飛沫と共に兵長の体が傾いていく。
「き、さま……何、者……っ」
落ちざまにそう呟くも、落馬し、地面に叩き付けられた瞬間には、彼はもう、絶命していた。
彼の乗っていた馬の上には、鉄扇を持ったまま兵長の遺体を冷たく見下ろす、神楽の姿があって。
彼女の持つ鉄扇から、血が滴り落ちる。
「へ、兵長……!?」
兵士の一人が絶望の声を上げる。
目の前で何が起こったのか理解出来ない。なのに、理解出来なくても事実は無情にもそこに広がっていた。
「き、貴様!!」
瞬きにも満たぬ間に起きた出来事は、広がった光景は、兵士達は勿論、村人達に圧倒的な恐怖を植え付けるには十分だった。
その恐怖心を必死で振り払うように、一番近くに居た兵士が、慟哭と共に神楽に斬り掛かる。
そうして次の瞬間、兵長の遺体の隣に、首が一つ、転々と転がり落ちた。
「ひ……っ」
まだやるか、と言わんばかりに、冷徹な瞳が兵士達を見渡す。
「ゆ、弓兵!!」
号令はもはや悲鳴だった。
先程の倍以上の数の矢の雨が、神楽に向けて一斉に放たれる。
未だ幾人かの弓兵が控えていた、訳ではない。
弓兵の全員が、恐怖心を誤魔化すかの如く、半ば出鱈目な照準で矢を次々射掛けているのであった。
無論そのうちの半数以上が流れ矢となって村人達の方にも降り注ぐ。
が、神楽目掛けて放たれた矢も、村人を襲う矢も、やはり全て、無意味だった。
神楽はひらりと馬から飛び降りて、人の目では到底追えぬ速さで一気に一番近くの兵士との距離を詰める。
今度は兵士は悲鳴を上げる暇さえなかった。
寧ろ、眼前に神楽が突如として現れた、と認識出来たかどうか。
とにかく、兵長もこの兵士も、瞬き一つにも満たぬ程のこの一瞬で、絶命させられた。
二名共、喉笛を鉄扇で一突き。ほぼ即死。
血に濡れた鉄扇を構え、静かに残りの兵達を見渡す神楽の瞳は、身が竦む程に冷たく、残忍で。
守られている筈の村人達でさえ、神楽のその姿に震え上がった。
何とか応戦態勢を整えたままの兵士達が、あまりの戦慄に無意識に下がっていく。
兵長の補佐役であろう男が、堪らず代わりに撤退の号令を下すべく、震える唇を開いた――その時。
「きゃあぁあ!」
突然、後方で女の悲鳴が上がった。
神楽も名無しの男も思わず息を呑んで振り向けば、そこには、別動隊と思われる騎兵隊が村人達を薙ぎ払いながら突撃して来る。
恐らくは、殲滅から逃げる村人達を足止めして始末する為に伏せていた後方隊だろう。
そうして、その予期せぬ別動隊の登場は少なからず神楽に隙を生み。
「っ……!!」
神楽が後方を振り向いた、瞬間。
兵士の槍が神楽の胸を、背中から貫いた。
「神楽様!!」
村人達の絶望の悲鳴が響く。
名無しの男が、自らの爪を尖らせて、殺気を膨れ上がらせる。
神楽は、その場に膝を着き、痛みに堪らず小さな悲鳴を漏らした。
「今だ! この女を殺せ!」
兵長の補佐役が、必死な口調で叫ぶ。
けれど。
兵士達が雄叫びと共に突撃して来たと同時に。
神楽は、胸に槍が突き刺さったままの状態で立ち上がり。
迫り来る兵士達の首を纏めて四つ、妖力を瞬時に注いだ鉄扇で、斬り落とした。
「ば……馬鹿な……っ」
今度こそ兵士達は戦意を喪失した。
追い打ちをかけるように、神楽は浅い呼吸を繰り返しながらも、自身に突き刺さったままの槍を、自らの手で力任せに引き抜く。
血が噴き出し、美しい薄桃の着物が真っ赤に染まり、地面にも血溜まりを作ったけれど。
次の瞬間――村人を含めその場の人間全てが、絶句した。
本来であれば致命傷に違いない神楽の傷が、癒えていく。否、消えていく。
まるで、時を巻き戻すかのように。
「嘘……嘘、だろ……っ! だって、確かに……!!」
その光景は、戦意を奪うどころか、自分達が村人達に撒き散らした以上の恐怖を、兵士達に植え付けた。




