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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
二章
22/61

非情なる大義

 

 翌日、村に雨が降った。


 実に久方振りの恵みの雨、村人達は生贄のお陰で鬼神様の加護が蘇り始めたのだと、歓喜に沸いた、けれど。


 その雨は、一時もしないうちにすぐに止んだ。


「何だよ、もう止んじまった……」


「空は曇ってるのに……」


 村人達は口々に空を見上げながら残念そうに呟く。


「だが僅かでも雨が降った。きっと、鬼神様の加護が戻り始めているんだ」


「そうだ。近いうちにきっと纏まった雨が降るさ」


 己を励ますように――否、何処か、言い聞かせるように、誤魔化すように。


 しかし、村人達の期待とは裏腹に。

 雨はその日その僅かな間以降、再び、何日も降ることはなかった。

 




 ――異変が起こったのは、僅かな雨が降った三日後。


「おい、あれ……」


 村人の一人が、森の方を戸惑った声で指差した。

 そこには、鎧兜を纏った兵士達が数名、馬に跨り近付いて来る姿があった。


「――我等はこの地を統べる小田原家が家臣である! 村長は何処(いずこ)か!」


 一番厳格そうな兵士が、馬上からそんな名乗りを上げる。

 神楽の背後から仁兵衛が慌てて彼等に駆け寄り、跪いた。


「わ、私がこの村の長老、仁兵衛でございます……恐れながら、ご領主様のご家来衆の方々が、このような小さき村に何用でしょうか……?」


「この村はここ数年、流行り病が蔓延し、日照り続きで田畑は枯れ、不作続きと聞いているが相違ないか?」


「は、はい……相違ございません……村人は皆、今日食べる物にも困っており……連日、多くの女子供や老人が病と飢えで死んでいます」


 仁兵衛と兵のやり取りを遠巻きに見ている村人達が、不安げな様子で成り行きを見守っている。


 もしや窮地を聞き付けて救援に来てくれたのか、と誰かの嬉しそうな囁きが神楽と名無しの耳に届いたけれど。


 神楽と名無しの男はそうは思わなかった。


「もう一つ。この村は古より鬼神とやらの瘴気で守られた場所だという話だが、それは真か?」


「はい……真でございます……」


「では何故、お前達は今貧困に喘ぎ、病に臥せっている? 我が領地の中でも一際豊かで平穏でなくてはおかしいのではないか?」


 責めるような口調に、仁兵衛は苦しそうに目を伏せて、絞り出すように答えた。


「そ、それが……どういう訳か、鬼神様の瘴気を浄化する聖様の結界が弱まっているようで……私共としましても、どうして良いのか……鬼神様の眠りのお世話をと、村から人身御供を二人、既に差し出したのですが、状況は一向に変わらず……」


「ほう……」


 言って、兵は馬上から村の様子を見渡して、目を細めた。


 その一瞬、酷く冷たい色が瞳に乗っていたのを、神楽も名無しの男も見逃さなかった。


「成程、確かに酷い有様のようだ」


 兵の口調が、微かに、本当に微かに、静かで柔らかなものになる。


 彼のその声音は、仁兵衛の胸の内に小さな期待の灯火を灯すのには十分過ぎた。

 仁兵衛は、半ば無意識に俯かせていた顔を希望に満ちた顔でゆっくりと上げて――だが。


「では、お前達に御館様からの命を伝える」


 次の瞬間仁兵衛が目にしたのは――冷酷で、残忍な、(けだもの)の如き顔だった。


 兵士のその瞳にぞっと背筋が凍った、刹那。


「――っ……ぐ、……ふ……!」


 仁兵衛の左胸を、兵の刀が貫いた。


「長老!!」


 悲鳴が上がる。


 仁兵衛は自身に何が起こったのかを理解する間もなく、その場に倒れ込んだ。


「近隣の村への病の流行を防ぐ為。これより、我等はこの村を焼き払う!」


「な……っ!?」


「村を守っていたという結界の力も弱まったというならば、鬼もいずれ目覚めよう! そうなる前に、病を持つ貴様等諸共、この地を滅する!」


 神楽や名無しの男でさえも、彼の宣告に息を呑み、目を瞠った。


 村は当然、一瞬で混乱に陥り、あちこちから動揺とも悲鳴とも付かない声が上がる。

 だが、彼等の声に一切応えることなく、兵士の檄が下された。


「かかれぇえぇ!!」


 号令と共に、森の奥から一斉に歩兵や騎兵が躍り出る。


 彼等は情け容赦なく刀や槍を構えて、戦う術どころか走る力さえない村人達を追い掛ける。


 畳み掛けるように、矢の雨も降り注いだ。

 逃げ惑う村人達は、誰もが皆、あらゆる負の感情に飲み込まれた。


 ――だが。


 びゅん!!


 その感情ごと吹き飛ばす程の突風が巻き起こり、矢を、振るわれる凶刃を、更にはそれを振るう人間や馬をも一瞬で吹き飛ばした。


 今度は兵士達の悲鳴が上がる。


 今正に殺されんとしていた筈の村人は、全員が無傷だった。


「な、何だ!? 何が起こった!?」


 恐らくは兵長であろう先程の兵が、狼狽した声を上げる。


 風が収まった時、その中心にいたのは――神楽と名無しの男だった。


 生まれた突風は、二人がほぼ同時に発動させた妖術だった。


 何が起こったのか、正確には理解出来なかったその場の人間全員、二人を唖然とした表情で見遣る。


 そうして、兵達が我に返る前に、名無しの男が地を蹴り、人の目では到底追えぬ程の速さで兵長の側に倒れたままの仁兵衛の元に移動し、彼を担いで離れた。


「ちょ、長老……っ」


 名無しの男が神楽の側に仁兵衛の体を横たえると、尻餅着いていた村人達がハッと我に返って、駆け寄って来る。


 神楽は鉄扇を持ったまま屈み、仁兵衛の容態を確かめた。


「……どうだ?」


 固い口調で名無しの男が問う。

 じわり、仁兵衛の胸から大量の血が溢れ、刃が貫通したのか背中からも流れて地面を真っ赤に染める。


 見開いたままの目にはもはや……光は、なかった。


「………」


 神楽は無言で立ち上がり、徐に、自身の左袖を乱暴に引き千切った。


 絶望と悲しみを色濃く残したままの仁兵衛の目の瞼を、そっと、下ろして。

 薄桃の美しく優しい生地を、彼の顔の上に被せる。


 明確な言葉は口にしなくても――それだけで、十分な答えだった。



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