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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
二章
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ここに居たい

 

「その刀は、鬼神様の瘴気を浄化する為に聖様が遺した術具だって聞いてます。抜いたら封印が解かれて、鬼神様が起きてしまうって」


 死に装束に死に化粧をした二人の娘が、乞うように男に言う。


 その様子は、鬼の封印が解かれる事を恐れているというより、逆に鬼の眠りを妨げる事を案じているようにさえ見えた。


「琴……お前、やはり生きておったのか……」


「え? というか、何故貴方がここに? 菖蒲ちゃんも……そんな格好でどうして……」


「どうして、って……私も生贄に選ばれたのよ。琴が鬼神様の元に行ってから七日、村の状況が何も変わらないから……」


「え……? 七日、って……え、ちょっと待って。そんなに経ってるの? 噓でしょ?」


「琴こそ何言ってるのよ」


 互いに話にも状況にも付いて行けず、どちらからともなく労わるように互いの腕を掴む。


「二人共落ち着け。琴、とにかくあの晩に何があったか話してくれぬか」


「は、はい……」


 男がそう言うと、琴は菖蒲の手を取りながら、少々俯き加減であの夜に起きたことを話した。


「あの夜……お父さんが帰った後、私一人でじっとしてたんです。余計な事は考えちゃ駄目って必死に自分に言い聞かせながら。じゃないと、決めた覚悟が揺らぎそうで、怖い気持ちに負けちゃいそうで。……でも、いくら待っても何も起きなくて、どうしていいか分からなくなって来た頃……突然、声が聞こえたんです」


「声?」


「はい。不思議な事に、誰の声かも何て言ってたかも思い出せないんですけど……何だか……そう。呼ばれてる、気がして」


「私も、多分その声聞きました。さっき、洞窟の前で。誰かが誰かを呼んでる、って思った時には、何だか気が段々遠くなって来て……気が付いたらここに居たの。そしたら琴が、そこの岩の上に座ってて、鬼神様のお顔を眺めてて……」


 菖蒲がそう言いながら鬼の顔を見上げる。

 名無しの男と琴もつられるようにして鬼の顔を振り仰いだ。


「ねえ、さっき言ってたこと、本当なの? 私がここに来てもう七日経ってるって」


「本当よ。でも村の状況は何も変わらなくて、雨も降らないし井戸は枯れたまま……この七日で、また何人も死んだわ」


「そんな……」


「琴こそここで七日も何をしてたの? 鬼神様の眠りをお世話してたんじゃないの?」


 詰め寄るように菖蒲が問えば、琴はもう一度鬼の顔を見上げながら、淋し気に呟いた。


「何もしてないの。ずっとここで、鬼神様のお顔を見てただけ。お腹も空かないし眠くもならないし、正直、ここに来てまだ一日経つか経たないかくらいだと思ってた」


「噓でしょ? そんなこと有り得るの?」


「信じられないかもしれないけど本当なの。本当にただ、お顔を眺めてただけ。時間が止まってたみたいに、何もしてないの。何もしてないけど……お顔を眺めてるだけの時間が、とても居心地が良くて、安らげた。私、本気で、このまま鬼神様が突然目覚めて喰われることがあったとしても、それはそれで幸せだなって思ってたくらいなの」


「……、」


 鬼の顔を見つめて、切なさすら滲ませつつ告げる琴に、菖蒲はもはや困惑すらしているようだった。


 その琴の瞳と表情は、さながら、恋焦がれる相手を一途に見つめるようであり、言葉は想いの丈を告げているようでもあった。


 菖蒲も再び鬼の顔を見上げて……そのまま暫し、時が止まったように二人で無言になった。


 名無しの男は、そんな二人の姿を見つめて、思案に耽る。


 封印されているとはいえ鬼の側にあって、ここまで人間の心を捕らえるこの空間。


 なるほど確かに……ここは、不思議な気で満ちているようだった。


 鬼の眠る空間であって、なのに、邪気も瘴気もなく、疲れた心を優しく包み込むような優しく清々しい気が支配している。


 気が付けば男の体に纏わり付いていた怨念も取り払われていて、体が何だかいつもより軽い。


 だが――通常、こんな事は有り得ない。


 いくら、刀の力で瘴気が浄化され続けていると言っても。


 ここに眠っているのは、妖の中でも最高種と言われる“鬼”であり、“最強の悪鬼”と恐れられる焔獄鬼なのだ。


 こんな、瘴気はおろか邪気の欠片さえも感じないなんて、人間の心を捕らえるなんて、有り得る訳がない。


 更に言えば、琴は時間の感覚さえ麻痺させられている。


 これは一体どういう事なのか。


「――とにかく二人共、村に戻るぞ。ここに留まっておっても村は救えぬ」


「どうしてですか? 私なら平気です。ここで、鬼神様と共に居ます」


 琴の拒否は、そのまま鬼神への崇拝だった。

 だが今の名無しの男には、それさえも危ういものに思えて仕方がなかった。


「無駄だ。お前達が何年ここに留まろうと、村の状況は何も変わらぬ。たとえ鬼が目覚めてお前達を喰ろうても、それは所詮捕食だ。お前達がどれ程焔獄鬼を祀ろうと、あれはただの鬼。病や天候をどうこうする力などない」


「でも……っ」


「無意味な希望に縋って命を粗末にするな。それよりも今は……」


「――そんな事言ったって、じゃあ他にどうしろって言うの?」


 急かすように男が琴の腕を取った瞬間、唐突に、菖蒲が声を荒げた。

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