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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
二章
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誘いの音

 

 蟲も、草木でさえも何かに怯えるように息を潜める、新月の夜。


 その晩、神楽は鬼神の洞窟の側の森の中で、闇に紛れてひっそりと身を潜めていた。


 彼女の目の前、洞窟の鳥居の前には、二人目の生贄を乗せた輿が置かれている。


 二人目の生贄。彼女をここまで連れて来た村人達はとうに村へと戻り、不気味な闇の中に取り残されているのは、彼女と神楽だけとなった。


 琴と同じように俯き加減で“その時”を待っている女を、神楽はじっと見つめる。

 震えているのは、寒さのせいだけではないだろう。


 こんな無意味な事を辞めさせる為にも、今夜は消えた生贄の真実を突き止める。

 神楽はその為にここに留まっていたのだった。


 時間は刻一刻と流れ、寒さも増し、風も強くなっていき、流石の神楽も冷えを感じて両腕を組んだ。


 洞窟周辺は、何の動きも変化もない。

 女も恐らく途方に暮れている頃だろう。


 それくらい、体感的に長い時間が流れた。


 何故、何も起こらない。


 否。相手は未だ眠っているのだから、何も起こらないのが普通だ。


 そうと分かっていたからこそ、神楽は最初から一貫して、“生贄など無意味だ”と言い続けていたのだ。


 だが……神楽はどうしても、このまま何も起こらないで終わるとは、思えなかった。


 いなくなった一人目の生贄も、恐らく、“ただいなくなった”訳ではないという絶対的な確信があった。


 根拠のない確信ではあったが、絶対に無視してはいけない確信だと思った。


 そしてそれは、得体のしれない悪い予感でもあった。


 神楽は、二人目の生贄を遠くから見つめながら、指先で鉄扇の要をそっと撫でた。


 その時。


 ――りぃぃ……ん……――


「っ!」


 唐突に。

 鈴の音が、辺り一帯に響き渡った。


 堪らず息を呑み、神楽は反射的に鉄扇を取り出して臨戦態勢を取る。


 生贄の娘にも聞こえたのだろう。

 音が響いた瞬間、女も弾かれたように顔を上げて、恐怖と不安の表情で辺りをきょろきょろと見回す。


 暫し何も起こらず、再び深淵の闇と不気味な無音の世界が辺りを支配する。


 まさか幻聴だったのか、と意図せず思い始めた時。

 突然、洞窟一体を、薄い霧が覆い始めた。


(あれは……)


 神楽が思わず目を瞠った、刹那。


 りぃぃ……ん


 再び、鈴の音が響く。


 幻聴でも聞き間違いでもなかった。

 神楽は更に神経と警戒心を研ぎ澄まし、洞窟周辺のみならず、自身の周りや森全体の様子を窺う。


 だが、それと同時にまたもや信じられない光景が目に入った。


 生贄の女が、輿を下りて鳥居を潜ろうとし始めたのである。


 その足取りは迷いなく、淀みなく、まるで、吸い寄せられるように。


 洞窟の奥に真っ直ぐ向けられた瞳には、それまで感じていただろう恐怖の色も不安の色もなく。虚ろではない、代わりに、釘付けにされたように、ただ洞窟の奥を一心に見つめていて。


 何が起こっているのか分からずに、思わず神楽が呆けて見つめる中、女は結界の張られた洞窟の中へと、吸い寄せられるように入って行った。


 神楽はそれを見届けてすぐ、身を潜めていた雑木林から躍り出て、洞窟の前まで駆け寄る。


 女を招き寄せたと同時に、妖気の霧もすっと消えた。


 神楽は険しい目付きで、鳥居を、洞窟を半ば睨む。


 今目の前で起こった事が、一人目の生贄、琴の消失の真相、なのだろう。

 恐らく彼女も、何らかの力で洞窟内に引き寄せられた。


 だが……この先に居る筈の鬼は、未だ眠っている筈なのに、何故。


 悪い予感が、ここへ来てどんどん膨れ上がる。

 この先の更なる真相を突き止めるには――やはり、この中に入ってみるしかない。


 神楽は一つ大きく呼吸を零すと、鉄扇を強く握り直して、足を踏み出し――


「!!」


 刹那。

 膨れ上がった殺気に、神楽は考えるより先に飛び退いた。


 既に囲まれていた。


 初めてここを訪れた時に対峙した、妖狼の群れ。

 向けられる殺気と敵意は以前のそれより遥かに鋭く、剥き出しの牙は遥かに悍ましく。


「また貴様か」


 長と見られる狼が、神楽に向けて毒吐く。


「よもや、此度も生きて帰れるなどと思うてはおるまいな」


 狼達は既に臨戦態勢だった。

 長が号令を下せば、狼達は一斉に飛び掛かって来るだろう。

 だが、あの時加減していたのは、何も彼等だけではない。


「……貴様の目は節穴か、狼の長よ」


「何……?」


「貴様こそ、あの時私が、貴様ら如き獣風情に、手も足も出せなんだと本気で思っている訳ではあるまいな」


「……、ほう……?」


 あからさまな神楽の挑発に、しかし狼達の殺気はどんどん膨れ上がる。


 神楽もまた、鉄扇を今度はしっかりと構えて――抑えていた敵意と妖気を、解放する。


「行くぞ狼の長。我が不死なる命、その牙で喰らい尽くせるものなら、存分にやってみるがいい」


「――ほざいたな小娘!!」


 圧し掛かるような咆哮、それが、合図となった。


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