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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
二章
15/61

人が縋るもの

 

 そこまで迫っているのに気付いていながら

 それの名を絶望と認めることを拒むのは


 その絶望からでさえも

 自分達は必ず守られるのだと

 根拠のない自信と驕りで以って

 自分で自分を誤魔化していることに

 気が付いていないからだ

 

「長老! 一体どういう事だ!? 生贄を差し出したのに何で……っ」


 生贄として長老の娘を差し出して七日。


 村の状況は何一つして変化はなかった。


 井戸は枯れたまま、疫病も決して治まる気配はなく、この七日の間にも村人達が何人も死んだ。


 神楽や名無しの男も何とか出来得る限りの事をして尽くしているが、彼等にもまた、天候や疫病を根本からどうこうすることなど出来よう筈もなく。

 村人達の不安はただ蓄積されていく一方だった。


 その蓄積された不安は、ついには爆発して、今日は朝から長老の家の前に村人達が押し寄せた。


 生贄を差し出したのに何故、鬼神の加護が戻らないのか、と。


「……どう思う?」


 それを遠巻きに見ながら、名無しの男は傍らに立つ神楽に問う。


 神楽は何処か冷めた目で騒動を眺めて、「当然の流れだろう」と吐き捨てた。


「琴は鬼に喰われていないし、喰われていたとしても、それでこの村の状況が好転することはない。最初から分かっていたことだ」


 そうと分かっていながら何も言わなかったのもどうかと思ったが、言ったところでどうにもならないという彼女の言い分も尤もであるし、そこについては言及しないでおいた。


「しかしこのままでは、村人の不安はやがて怒りに変わるぞ」


 声を荒げ続ける村人達を何とか宥める長老を、気の毒そうな目で見遣りながら、名無しの男は言う。


「怒りに変わったら……」


 その様子を神楽も暫し見遣って、静かに口を開く。


「彼等の不安が怒りに変わったとしたら」


 その口調が少し、何だかいつもと違う気がした、から。


 男が神楽の方に視線を向ければ。


「そう、なったとしたら……」


 男は思わず、小さく息を呑んで目を瞠った。


「――彼等は……鬼神をどうするのだろうな」


 神楽の、その、声が。口調が。


 酷く――淋しそう、だったから。


 男は何故か、神楽のその表情に目を釘付けにされてしまって、一瞬呼吸が止まった。


「……昔」


 呆けているうちに、神楽が再び静かに口を開く。


「昔、父が言っていた。人間ほど振り回され易い生き物はない、と」


「振り回され易い……?」


 何に? と重ねて問う。


「あらゆるものに。人間相手にも。妖にも。その辺をうろうろしているただの虫にも」


「……、」


「この村の連中を振り回しているのは……鬼神と……聖と、聖の張った結界か」


 彼女は確かに、大騒ぎになっている村人達を見ている筈なのに、その瞳はもっと遠くを見ているようだった。


 遠い、何かを、見ているようだった。


「……我には、振り回されているというより、縛り付けられているようにも、見えるが」


 ここではない何処かを見ているその瞳を、自分の声など届かないような場所にある心を、どうにかこちらに引き寄せたくて。


 男は、考えるより先にそう口走っていた。


「……、」


 すると神楽は、徐に男の方を振り向いて。


 少しだけ優し気に、目を細める。


「そう。振り回され易くて、縛り付けられ易い。そうして……それらを一番嫌う。その実、それを一番望んでいるにも関わらず」


 唐突に。胸の奥に痛みを覚えて、男は無意識に胸元をそっと押さえた。


「振り回されても、縛り付けられても、振り回して縛り付けた相手は、何の責任も負ってはくれないというのに」


「……神楽……?」


 堪らず、男は神楽の名を呼んだ。

 応えることなく、神楽はそっと目を伏せて、もう一度村人達の様子を見遣る。


「そうして見失う。誰も何も言っていないのに。勝手に期待して勝手に縋り付いて、勝手に思い込んで決め付けて――その先に残るものも、傷を自ら引き受ける者もなく、最後はただ、闇に沈む」


 いずれ、この村もそうなるだろう、と。

 予言するように神楽は締め括る。


「彼等の不安が怒りに変わって、その矛先が鬼や聖に向いても、それは……鬼のせいでも聖のせいでもない。全ては……残酷な運命(さだめ)だ。人にも、妖にもどうにも出来ぬ、天の采配」


「……同情、しておるのか? この村に……或いは、鬼や聖にも」


「いや……」


 思わず口を吐いて出た男の言葉に、神楽は小さく否定の言葉を告げて、寄り掛からせていた柱から身を起こす。


「呆れているだけだ」


 言って、神楽は未だ騒動の収まらない広場に向けて歩き出した。


 何故だか分からない、けれど。


 男は今、この時。ほんの、少しだけ。


 神楽の心の端に、触れられたような、気がした。


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