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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
一章
14/61

消えた贄

 

 □□□



 喪服を纏った長老が、鬼の眠る山の方角へと深々と頭を垂れ、粛々と祝詞を唱える。


 その眼前には、神輿に乗せられた自身の娘。長老の後ろには、村人達が同じように山に向かって手を合わせ、一心に祈っている。


 とうに陽は暮れ、広場をぐるりと取り囲うように松明が焚かれ、村人達の手によって中央は形だけの祭壇が作られた。


 一通り儀式が終わると、長老は必死に涙を耐えながら、神輿の担ぎ手達に首肯して合図を送る。


 彼等も頷き返して、死に装束を纏った長老の娘を乗せた神輿は、今、最強の悪鬼の元へと送り出された。


 神楽と名無しの男は、行列の最前と最後尾にそれぞれ付いた。


 一応は村人でなく客人という立場だから、そもそも儀式に参列する必要はなかったが、護衛の為と称して同行させて貰っていた。


 未だ聖の結界は効力を保ってはいるが、妖でなくとも獣が襲って来る恐れもあるから、と。


 実際、この山には妖狼が棲んでいるし、あながち嘘でも適当な口実という訳でもなかった。


 男達が掲げる松明が薄気味悪い山道を照らす中、誰一人言葉を発することなく、一行は鬼の眠る中腹へと辿り着いた。


 長老が娘との最期の別れを惜しむ中、一人、また一人と村人達は村へ引き返していく。


 注連縄の施された鳥居の下に取り残された琴は、神輿の上でじっと少々俯き加減で“その時”を待っている。


 長老は勿論、村人全員が村へと戻り、そこには真の闇と生贄とされた彼女だけが残された。


 神楽と名無しの男も、取り敢えずは皆と共に村へと引き上げた。


 焔獄鬼の封印が解かれた訳ではない。無意味であり無駄である生贄は、明日の朝になれば本人が山から下りて来るか、誰かが無傷で放置されているのを見付けて連れ帰られるだけだ、というのが二人の意見だった。


 ――だが。


 その夜、神楽と名無しの男にとって、まるで予想もしていなかった事が起こった。


「――消えていた?」


「ああ。跡形もなく。忽然と」


 翌日、昼前。どんよりとした空気が村中に流れる中、神楽は密かに、焔獄鬼の洞窟へと向かった。


 一晩丸々放置されている状況にあって、未だ戻らず誰にも連れ戻されずにいる彼女を迎えに行くのが目的だった。


 これで無傷の琴を連れ帰り、生贄など無意味であることを説く材料にするのにもちょうどいい、と踏んでの事であった、が。


「消えていた……というのは、よもや、本当に鬼に喰われて死んでいた、という事か?」


「違う。言葉通り、消えていた。喰われたり殺された形跡もなく、着物や肉片のひと欠片さえなく、まるで、最初からそこになかったかのように」


 言葉の意味を上手く解釈出来ずに男が問いを重ねれば、神楽は淡々と的確に答える。


 言うまでもないが、ただの人間が忽然と一夜にして消えるなど有り得ない。


「洞窟に入ったのであろうか? あそこに張り巡らされている結界は、人間には無害であるし。洞窟に入らねば、長老の言う“世話”とやらも出来まい」


「……そうかもしれない。だが……」


 男の言葉に、神楽は一応頷いてはみるものの、何やら考え込むように視線を地面に向けた。


 その顔には明らかに、「腑に落ちない」と書いてあった。


 そんな中、村人達の間でも琴の“消失”が騒がれ始める。


 だが、彼等は琴が“鬼神様の側に行ったのだ”と半ば口々に互いに言い聞かせるように囁き合い、これで村は救われると励まし合った。


 その姿はまるで――何かを誤魔化しているようにさえ、見えて。


「これからどうする?」


 不意に、男が何処か気遣うように神楽に問うた。


 すると彼女は、一つ深い溜息を零して、「暫く様子を見るしかないだろう」と少々投げ遣りに言い放ち、長老宅へ戻っていく。


「……そういえば」


 名無しの男も後に続こうとした、その時。


 唐突に、神楽が足を止めて男の方を振り返る。


「洞窟の入り口に張られた結界が人には無害だと、よく知っていたな?」


「……、ぇ……?」


 そうして、一見何気ない口調で言われた言葉に。


 男は何故か……酷く、動揺した。


 ――彼は、焔獄鬼の洞窟に入っていない。


 もっと言うと、あの鳥居を指先一つ潜らせてはいない。


 神楽でさえ、手をほんの潜らせてやっと、あそこに結界が張ってあることが分かったのに、彼は、今、触れてもいない結界が、“人には無害だ”と言い当ててみせた。


 その、事実に。

 名無しの男は、狼狽を隠せない。


 そうだ、何故――。

 何故、自分は、結界の事を、知っているのだろう……?


 警鐘のように激しく心の臓が鼓動を刻む。


 堪らず彼は、自身を抱き締めるようにしながら、腰を俯かせた。


 そんな彼の姿を、神楽はただ、静かに見つめていた。

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