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幻葬 あやかし鬼奇譚  作者: 和菜
一章
12/61

貢ぎ物

 

「――長老、もう限界だ! 何とか鬼神様のお怒りを鎮めねえと!」


「今年に入って、もう十人の子供が死んだ! このままじゃ、村は乾涸びちまう!」


「せめて雨さえ降ってくれれば……!」


 村人達は口々に嘆きと悲しみの言葉を叫ぶ。

 昨夜、男がこっそり聞いた会話をほぼ同じ内容だったが、緊迫感は昨夜の比ではなかった。


「――何の騒ぎですか?」


 神楽は、側に居た農夫にそう尋ねる。


「どうもこうも……さっき、辛うじて生き残ってた井戸が枯れちまったんだ」


「それだけじゃなくて、昨日今日と立て続けに赤ん坊が死んだ……昨日、あんたらが届けてくれた、りんの育ての婆さんも」


「この村はここ数年不作続きで、日照りも続いて雨もあまり降らねえ。このままじゃ、村は乾涸びて俺達は全滅しちまう」


「きっと、私達は鬼神様に何等かの怒りを買っちまったんだ。それで、何とか鬼神様の怒りを鎮めようって、こうして……」


 神楽の側に居た住人達は、必死にそう説明し、訴える。

 門前に悲痛な面持ちで佇む長老は、後を絶たない住人達の訴えを、懸命に聞いていた。


「長老、もう迷ってる場合じゃねえ! あの策を実行しよう!」


「そうだ! 村が滅びちまうより、きっといい!」


 農夫の一人が叫び出すと、他の男達も一斉に同意を叫ぶ。


 対して、女達は一様に唇を噛み、何かを言い聞かせるように、けれど必死で自分を奮い立たせるように長老を真っ直ぐ見据える。


 そこで一斉に場が静まり返った。

 皆、長老の答えをじっと息を殺して待つ。


「長老様」


 だが、その重い沈黙を破り、神楽が長老を呼んだ。

 集まった村人達の間を縫って長老の前に歩み寄った彼女は、何処までも静かな口調で彼に問う。


「あの策、とは?」


「……、それは……」


 神楽の問いに、長老は口を引き結びながら俯く。

 だがやがて、疲れ切ったような深い深い息を零しながら、小さく呟くように答えた。


「我等は、鬼神様の加護により、ここまで平穏無事に生き永らえて来れた者。それがここ数年の間に、不作が続き、日照りが続き、飢えと病に冒され続けるようになってしまったのは、我等が知らぬ間に鬼神様の怒りに触れるようなことをしてしまったのだと……故に、鬼神様のお怒りを少しでも鎮め、何とか再び自然の恩恵を頂けるべく祈願すべきということになりまして」


「祈願……」


「はい……その為に……その……貢物として……人身御供を差し出してはどうか、と」


 ぴくり、と、神楽の眉が一瞬だけ跳ねる。

 それは、つまり――鬼神を慰めるべく、生贄を差し出す、ということ。


 神楽達の後ろで、女達が身を強張らせるのが分かった。


「……焔獄鬼は、恐らくはまだ眠ったままです。その相手に人間の餌を差し出したところで、事態が解決するとは思えませんが」


 神楽はあくまでも冷静に言い放つ。

 藁にも縋るような思いでいる長老達の心を、更に不安にさせる言葉だったけれど。


「それでも……その眠りが少しでも穏やかなるままでいられるよう、お世話して差し上げることは出来ましょう。聖様亡き今、我等に出来る事はこれだけなのですじゃ……」


「……、」


 無意識に、神楽は右手の拳を握る。

 それを、名無しの男は見逃さなかった。


「皆の衆、我等は確かに鬼神様のお陰でここまで生きて来られた。ここいらでそのご恩を少しでもお返しするのは、この村に住む者として、当然の事かもしれん」


「長老、それじゃあ……」


「……女子達よ。いつ自分が選ばれても良いように、支度をな……」


 痛みを耐えるように、本当に申し訳なさそうに告げる長老に、女達は漏れそうになる嗚咽を必死に耐えながら、誰からとなく足早に去っていく。


 男達もまた、辛そうな表情でその場を去り、長老宅前の広場には、神楽達と長老だけが残された。


「……さて、神楽様。申し訳ないが、儂はこれから、誰を鬼神様の元へ行かせるか思案せねばなりませんので……」


「……ええ」


「どうぞ、今宵もごゆるりとお過ごし下さい」


 憔悴し切った微笑みでそう告げて、長老は家の中へ戻っていく。

 神楽はそんな小さな老人の背中を、ただ黙って見つめ続けていた。





 そうして、深夜。


 またしても目が覚めて、男は起き上がる。

 昨夜と違ったのは、衝立の向こうで眠っていた神楽も、同時に起き上がったことだった。


「神楽……」


「ああ」


 二人は短く言葉を交わすと、気配を押し殺しながら部屋の障子を静かに開けた。

 新月の闇夜、虫さえ眠る時刻に、そぐわない人間の話し声は二人の耳にちゃんと届いた。


「――分かってくれるな? 琴」


「うん……」


「すまない……じゃが……」


「いいの。長老の娘である私が、一番最初に行くのは当然の筋だよ」


「……っ」


 長老は項垂れ、必死に嗚咽を嚙み殺す。

 障子の向こう側で、何度も何度も詫びる声が響く。

 神楽はそこで踵を返して、客間に戻って行った。


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