在りし日の残響
その存在を
それ故に
断罪するのならば
人間が、燃えていく。
生きている者も、既に死んでいる者も。
意志など持たぬ筈の炎は、風に煽られるままに、側に在るもの達を飲み込んでいく。
その、地獄の業火の中に在って。
向かい合う影が二つ。
「――……もう良い。疲れた」
暫しの沈黙の後、先に口を開いたのは、異形な姿をした赤黒い巨体だった。
頭に角が二つ、両の口の端には鋭い牙が二つ、両の手には鋭い十の爪。
“鬼”――そう呼ばれる、この世で最恐の妖。
だが、彼の鬼は、見た目の悍ましさや語り継がれる恐ろしさとは裏腹に、本当にとても疲れ切った様子で、言葉を紡ぐ。
同じくらい疲れ切った琥珀色の瞳で、目の前の“人間”の男に。
「もう我は、人の世と関わる気はない。かと申して、妖の世で生きる気もない。故に……我を滅せよ。お前ならば、それが出来るであろう」
この命に死を、と。
対する“人間”の青年は、深く深く息を吐き出して、力なく首を横に振った。
「――そんな事、俺には無理だ」
彼の鬼と同じかそれ以上に、疲れ切ったような調子で。
「だが」
何処か、淋しそうに。
「だが……見逃す、訳にもいかない」
何処か、苦しそうに。
「だから」
男は、手にしていた刀の切っ先を、鬼に向けて。
「お前と、ここに転がってる人間達には悪いが……中途半端な解決策を、取らせて貰う」
鬼が男の言葉に眉を顰めた時、男の刀の刀身に、淡い光が宿る。
男はそれを正眼に構えて、小さく、優しく微笑んだ。
「――“焔獄鬼”」
紡がれた名は、彼の鬼の真名。
そしてそれは――人の世に古くから言い伝えられる、最恐にして最悪と歌われる、悪鬼の名。
「お前がもし、いつか目覚めて、その時まだ俺が生きていたら――」
生きて、いたら。
生きて、いるだろうか。
“人間”であって“人間ではない”彼は。
ああ、でも。
いつ目覚めるかなんて分からないし、そもそも、目覚めたくなんかない。
それでももし、いつか目覚めてしまったら。
そしてその時、本当に、彼が生きていたなら。
その、時は。