8.魔導具師のお仕事
「本当について来られるのですか?」
「なんだ? 俺が一緒じゃ迷惑だったか?」
「迷惑なんてそんな! 殿下もお忙しいのに、その……私なんかと一緒に来ていただいて申し訳ないと思って」
「ははははっ、君は遠慮しがちだな」
私の隣を歩く殿下が笑いながら言う。
「俺が興味あるんだよ。魔導具師の仕事がどんなものか」
「見たことはないんですか?」
「機会がなくてな。話だけは聞いてるよ。この国を支える重要な役職の一つだ。いい機会だし、実際にこの目で確かめたい。これも王子の務めだよ」
「大変ですね」
何気なく私は返す。
殿下は一言、君ほどじゃないさ、と笑って答えた。
なんだか彼と話していると、時々彼が王子であることを忘れてしまう。
雰囲気というか、話し方や仕草が優しくて、どこか懐かしさを感じるせいだろう。
私たちは王城を出て、宮廷がある方角へと向かう。
宮廷魔導具師のお仕事は、ほとんどが宮廷内で完結する。
「どうした? 浮かない顔だな」
「そう……ですね。正直ちょっと不安です」
「初めて来る場所でもないだろう?」
「……だからこそです」
仕事のためとは言え、ここへ来るのは気が引ける。
宮廷から出て王城へ入ったのが昨日のことだから余計に。
たぶんもう広まっている頃だろう。
狭い世界だから噂が広がるのも早かった。
宮廷の敷地に入ると、見知った顔が通り過ぎていく。
予想通り事情を知っているのか、私の顔を見て目をそらす者が数名いた。
殿下も一緒だから挨拶はされる。
不思議な気分だ。
道中、私の元研究室を通り過ぎる。
嫌でも意識して視線が行く。
ただ不思議と、戻りたいとは少しも思わなかった。
そうして私たちは階段を下る。
地下へと。
「この先に魔導機関の管理室があるんです」
「ここは前に一度来たな」
「そうなんですか?」
「ああ。子供の頃に一度だけ。宮廷の中を探検していたら迷ったんだ」
殿下は楽しそうに昔話を語ってくれた。
どうやら殿下はわんぱくな子供だったらしい。
今の殿下を見ていると、とてもそうは思えなかった。
成長と共に落ち着いた性格になったのだろう。
「そうでもないさ。いまだにせっかちだってよく父上や兄上には怒られるよ」
「そうなんですか?」
「ああ。父上たちとは会ったことあるか?」
「いえ、お顔を拝見したことがある程度です」
宮廷で働いていても、国王様や殿下と接する機会はあまりない。
定期的に報告で面会するのは所長くらいだろう。
そういえば、所長の姿が見えなかったな。
いつもならこの時間、各部屋を回って仕事の進捗を確認しているはずなのに……。
偶々会わなかっただけだろう。
ある意味でよかったとホッとする。
そうしているうちに階段が終わり、長い廊下にたどり着く。
左右の壁についた照明のおかげで地下でも明るい。
「改めて思うけど」
「はい?」
「照明ってすごい発明だよな。このおかげで夜も安心だし、こういう場所でも迷わず進める。つくづく偉大だと思うよ」
「そうですね」
この国は魔導具技術の発展と共に生活が変化した。
王都だけでなく、国中の街の生活を支えているのは魔導具だ。
照明、水、気温、生活用品などなど。
私たちの生活に、魔導具は欠かせないものになっている。
どれもこれも、先人たちが生み出し残してくれた遺産だ。
殿下のおっしゃる通り、偉大な方々だったと私も尊敬している。
「私もいつか、先人たちが残してくれたような発明をしたいです」
「それがフレアの夢、か」
「はい」
「いいんじゃないか。素敵な夢だ」
「ありがとうございます。あの、殿下の夢ってなんですか?」
「俺の夢か? 俺のは……この国に住む人たちの幸せが、この先も続いてくれることだよ」
そう言って彼は笑う。
慈しむように、少し恥ずかしそうに。
心が温まる。
私の夢よりずっと優しくて、素敵な夢だった。
私たちは目的の部屋にたどり着く。
仰々しい鉄の扉をボタン一つで開き、中に入る。
中には扉以上に仰々しい装置が設置されていた。
「ここまで入ったのは初めてだ。これが……魔導具なのか?」
「はい。正確には魔導機関といって、一般に知られている魔導具より規模が大きいものです」
ここにある魔導機関は王都中に広がる魔導設備の中枢である。
ちょうど見ているのは、照明の設備を統括している魔導機関だった。
「これ一つで、王都全域の明かりを担っているのか。すごいな」
「他にもありますよ。水回りとか、魔導具用の接続口に魔力を流すための装置とか」
「何台あるんだ?」
「えっと、全部で二十七です」
地下の部屋は十。
部屋の中に二から三台の魔導機関が設置されている。
半数は魔力を生成し、王都中へ流す装置だ。
「そんなにあるのか? というか、それを全部一人で管理してたのか?」
「はい」
「……こんなこと今さら聞くことじゃないが、大丈夫だったのか?」
「大丈夫、ではなかったですけど、なんとかやれていました。構造はわかっていますし、ちゃんと動いているかのチェックと、細かい調整だけですから」
「いや十分大変だろ。他の仕事だってあっただろうに」
大変ではあった。
殿下の言う通り、他の仕事をしながらの管理だから時間をかけられない。
移動もあって効率も悪かった。
ただ、この国を支えている物の中枢だ。
テキトーな仕事はできないからと、いつも最大限の集中して作業に臨んでいた。
「よかったのか? これだけでも大変だろ? 他の者たちに回しても」
「……いえ、私がやります」
「どうして?」
「私が請け負ったお仕事の中で、これが一番大切だからです」
どういう理由であれ、私がやってきた仕事の一つ。
人々の生活を支える大切な仕事を、急に他の誰かに任せるのは……ちょっと不安だった。
もちろん宮廷で働く魔導具師はみんな優秀だけど。
殿下から見せられた仕事の中から選ぶなら、ここの管理を選ぶ。
ただそれだけだった。
「本当に真面目だな。君を見てると、なんだか自分が楽してるみたいに感じるよ」
「そ、そんなことは……」
「はははっ、いや、いい刺激になった。俺も頑張らないとな」
それから私たちは二人で装置の確認を終らせる。
終わったころには正午を超えていた。