64.呪いの中心
早朝になり、私たちは呪い探査用の魔導具と、呪いのシンボルを封印する魔導具を完成させる。
探査のほうは腕に巻きつけるタイプで、封印の魔導具は対象に投げつけることで拡散し、封印の効果を発動させる。
時間がなくて数は作れなかったけど、ネロ君曰くシンボルは一つだけだという。シンボルを複数設置すれば、呪い同士が競合を起こし、上手く発動しない。
根源たる呪いは一つだけで、条件を変えることで呪いの効果を変化させている。だから風邪のような症状から始まり、そこから症状が分岐する。
分岐する条件まではわからなかったけど。
「これで探せるね」
「ああ」
「どうするの? ガルドさんたちにも話して協力してもらう?」
「いいや、彼らも今は街の警備で忙しい。ボクとお前だけで探して対処する」
「わ、わかった」
少し緊張するし、不安だった。その不安を感じ取ったのか、ネロ君がわざとらしく私の前に出て、振り返る。
「恐れるな。このボクが傍にいる。ボクの傍が一番安全だ」
「ネロ君……うん、ありがとう。頼りにしてる」
「お互い様だ。では行くぞ」
「うん!」
私はさっそく呪いを探知する魔導具を起動する。
起動すると音がなり、呪いの根源を探索し、近づくと点滅しその方向を示してくれる。急いで作ったから少し見づらいけど仕方がない。
私は魔導具の反応に目を凝らし、耳を澄ませる。
「ネロ君、これって……」
「やはりか。シンボルを置くなら街の中心、すなわち……ここだ」
魔導具が反応を示しているのは、今まさに私たちがいる屋敷だった。
「この屋敷の中にシンボルが?」
「そのようだな」
作りたての魔導具は今いる場所を示している。眼を疑いながら何度も見返しても、魔導具の反応は変わらなかった。
脳裏に過ったのは、領主様の顔だった。
あの優しくて温かな笑顔を見せる人が、ラプラスの構成員?
「そんな……」
「まだ断定はできないがな。とにかく屋敷の中を探す」
「う、うん!」
私は疑いながらネロ君と一緒に屋敷の中を駆けまわる。使用人の方々には不審な目で見られてしまったけど仕方がない。
もし領主様がラプラスに関わっているなら、使用人の人たちもグルなのだろうか。それとも気づいていないのだろうか。
呪いのことよりも、領主様がこのことを知っているかが気になって気が気じゃなくなっていた。
そして屋敷をくまなく探すこと数十分。
「どこにもないよ?」
「……屋敷の中じゃないのか。だとすれば……」
ネロ君は足元に視線を向ける。
私が作った魔導具は、平面の距離は測れても、上下の深さまでは判断できない。屋敷の中にないとすれば、考えられるのは地下だけだ。
「探ってみよう」
ネロ君がしゃがみ込み、右手を床に触れて目を瞑る。
魔法の力で屋敷の地下の構造を確認するつもりなのだろう。もしも予想通り、この屋敷に地下があって、そこにシンボルがあるのなら……。
「やっぱり領主様は……」
「フレアさん、ネロさんも、どうされたのですか?」
「――!」
疑いを向けている領主様がひょこっと顔を出し、私たちの前に現れてしまった。
私は動揺し、逃げるように一歩下がる。
「使用人たちから聞きました。お二人が屋敷の中を走り回っていると。何かわかったのですか?」
「えっと……」
「――見つけたぞ」
ネロ君の声にピクリと反応して、私は彼に視線を向ける。ネロ君はゆっくりと立ち上がり、私に顔を向けて言う。
「この屋敷の地下に広い空間がある。おそらくそこにシンボルはあるだろう」
「……じゃあやっぱり……」
私は疑いながら、領主様を睨むように見る。
この屋敷の地下にシンボルがある時点で、領主様も無関係ではないと思ったから。でも、ネロ君は私の服の袖を掴んだ。
「いや、かなり深い。この屋敷からは通じていない」
「え?」
「屋敷の外から通じている」
「先ほどから何の話をされているのですか? 地下? シンボルとは?」
キョトンと首を傾げる領主様を見て、私は話してもいいか確かめるようにネロ君に視線を送り、ネロ君は小さく頷いた。
ネロ君がそう言うなら大丈夫なのだろう。
「呪いを発生させているシンボルが、この屋敷の地下にあるみたいなんです」
「なっ! それは本当ですか?」
「はい」
「間違いない。この屋敷の地下深くに不自然な空間がある。そこに呪いを発生させている何かがあるはずだ」
「……そんな、この屋敷に地下室などありませんよ?」
「わかっている。それはさっき調べた。空間はかなり深くにある。おそらく元からあった空洞か、魔法で作ったものだろう」
説明しながらネロ君は屋敷の玄関へと歩き出していた。私も遅れないように、彼の後をついていく。
「どちらへ行かれるのですか?」
「決まっている。呪いの根本を絶つ。そうすればこれ以上、呪いは進行しないし広まらない」
「本当ですか! よろしくお願いします!」
「ああ。行くぞ、フレア」
「う、うん」
私はネロ君に連れられて屋敷の外に出る。
領主様の反応、対応、表情……疑いながら見ていたけど、やっぱり本気で驚いているようにしか見えなかった。
ネロ君も領主様を庇うような反応を見せているし、あの人はやはり無関係なのだろう。だけど、一度でも疑ってしまうと不安は消えない。
もしかすると、なんてことを考えながら、自然とネロ君との距離を縮める。
「見つけた。ここだ」
「え?」
ネロ君が立ち止まったのは、屋敷の周囲を囲んでいる鉄柵の縁だった。見たところ何もないし、入り口らしき影もないけど……。
「お前は本当に魔力感知が雑だな」
「え、ええ!」
ネロ君は思いっきり地面を踏みしめた。直後、地面が抉れて地下に続く人工的な階段が顔を出し、いろんな意味で驚く。
「まぁ今回は、偽装が上手かったのもあるがな」
「だ、大丈夫なの? こんな強引に、しかも地面抉れちゃってるけど」
「緊急事態だ。それに、中に仲間がいたとしても、出入りできる道はここだけしかない。見つけた時点で一網打尽だ」
「そ、そうなんだ」
私は階段を覗き込む。かなり深い場所にあるとは言っていたけど、暗くて奥まで見えない。何が待ち構えているのだろう。
ダンジョンとは違った恐怖と緊張感を覚えて、ごくりと息を飲む。
「行くぞ。時間が惜しい」
「わ、わかった」
ネロ君はまったく動じることなく階段を降り始めた。年上の落ち着きなのか、それとも魔法使いとしての感覚からなのか。
ネロ君の堂々としている姿勢は見習いたいと思う。
そして階段を一歩、また一歩と進んでいき、地上の灯りが見えなくなったところでようやく、私たちはたどり着く。
そこは広い空間だった。
地面の中に魔法で穴でも掘ったのだろう。自然に作られた洞窟ではなく、明らかに人の手が加わっている穴の中心に、鉄の柱が立っている。
奇妙な模様が描かれて、魔力感知が鈍い私でも、よくない何かを纏っているのがわかった。
「あれが……」
「間違いない。呪いの中心だ」
「……」
一見してただの鉄の柱に模様が彫られているだけなのに、どうしてこんなにも恐ろしいと感じてしまうのだろうか。
呪いとは思いであり、誰かが誰かを恨み、陥れようとする感情の究極だ。ここにはそういう負の感情が凝縮されている。
とても気分が悪くて、なんだか気持ちが悪い。
一秒でも早くここから立ち去りたいと思うようになった。
「ネロ君……」
「大丈夫だ。呪いは条件を満たさなければ発動しない。どれほど近づこうと、直接触れさえしなければ心配はいらない。それよりあれを」
「う、うん」
持ってきていた呪いのシンボルを封印するための魔導具。相手にぶつけて発動して、使い切りの一発しかない。
予想通りシンボルが一つだけでよかった。
「ボクがやろう。ボクの身体はゴーレムだ。最悪、触れてしまっても問題ない」
「うん。お願いするね」
私は球体の魔導具を彼に手渡し、邪魔にならないように数歩下がって見守る。作った物に自信はあるけど、ちゃんと発動するか見るまで心配だ。
私はごくりと息を飲み、ネロ君が魔導具をシンボルである鉄柱にぶつけた。
弾けた魔導具は光の粒子となり、鉄柱の周りを渦を巻くように漂う。この状態になった魔導具の欠片は、びっしりと鉄柱の表面にこべりついた。
「だ、大丈夫かな?」
「呪いの封印は完了している。もう少し自分の仕事に自信をもったらどうだ?」
やれやれと呆れているネロ君。
私は恐る恐る封印した鉄柱に近づく。確かに、さっきまで漂っていた嫌な空気が薄くなったような気がする。
「これで街の人たちにかかった呪いも消えたのかな?」
「おそらくはな。しばらく様子を見て、症状が緩和していくようなら問題ないだろう。破壊するなら、全員の安否が確認できてからだ」
「うん。じゃあしばらくこのままにしておくの?」
「そうだな。念のためだ」
ネロ君は鉄柱に向かって右手をかざし、魔法によって結界を展開する。二重三重、より多く重なった複数の壁が鉄柱までの道を阻む。
「これで鉄柱には近寄れない。結界が破壊されるようなことがあれば、すぐにボクが感知できる。あとは出入り口を警備させれば十分だろう」
「ありがとう、ネロ君。みんなにも早く報告しに行こう」
「……そうだな」
こうして呪いのシンボルを封印したことで、街中でこれ以上呪いが進行することも、広がることもなくなった。
これにて一件落着、というわけにはいかない。
しばらく街の人たちの様子を見て、呪いの効果が完全に消滅したかを確かめないといけなかった。それまで私たちはルーレウトに滞在する。
ガルドさんたちは交代で入り口の警備をしながら、残ったメンバーは街内に潜伏しているであろう構成員の捜索をした。
私はというと、少しでも症状が残っている人が楽になれるように、痛みを一時的に和らげる効果の魔導具を量産していた。
シンボル封印から二日が経過し、私は領主様の屋敷でネロ君と一緒に寝泊まりしていた。
「う、うーん……疲れた」
「少し休め。お前はボクと違って生身だ」
「うん。でももう少し……これを届けたら終わりにするよ」
量産した痛み緩和の魔導具、指輪タイプが箱にたくさん入っている。これを街の治療院に配って、今日のお仕事も終わりだ。
「運ぶだけならボクが行こう。お前はここで休んでいるといい」
「いいの?」
「ああ、そうしたほうが都合もいい」
「――? わかった。じゃあお願いするね」
魔導具を届ける役目はネロ君に任せて、私は軽く休憩をすることにした。ネロ君の言う通り、生身の私は徐々に疲れが蓄積されていく。
思っていた以上に疲れていたのだろう。
テーブルの上に肘をつき、突っ伏して目を瞑ると、すぐに意識が薄れて行った。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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