59.見落とし
翌日の朝。
私たちは全員でこの街の領主の屋敷へと足を運んだ。領主の屋敷は街の中心にあり、わかりやすく土地が高くなっている。
ちょうど王都にある王城の位置関係に似ている。そういう部分も王都に似せているらしい。
さすが、もう一つの王都と呼ばれているだけはあるなと感心した。
私は屋敷に向かう道中、ガルドさんたちに領主のことを訪ねる。
「皆さん、この街の領主様とは顔見知りなんですか?」
「おう。何度か来てるし、あのおっさんは王都にも屋敷があるからな」
「殿下や我々とも友好的な関係を築いている方です。保守派の貴族たちの中でも、特に殿下を支持してくださっていますね」
「保守派?」
聞き慣れない言葉だったので、私は声に出して反応した。すると、レストさんがメガネを持ち上げて、私に尋ねてくる。
「聞いたことありませんか?」
「はい」
「では軽く説明しておきましょう。屋敷まで少し時間がありますので」
「お願いします」
レストさんはおほんと意識的に咳ばらいを一回して、私の隣を歩きながら説明を始める。
「王国に属する貴族は、その思想から二つの派閥に別れています。それが保守派と、改革派の二つです」
「保守派……改革派……初めて聞きます」
「珍しいですね。宮廷で働いていれば、一度くらいは耳にする機会もあるかと思いますが……」
「す、すみません」
「責めているわけではありませんよ。それだけ仕事に集中していたということでしょう」
レストさんは優しくフォローしてくれる。
実際は集中していたというより、仕事が忙しくて他人との関わりが極端に少なかった。加えて私はロースター家の中でもある意味特別だった。
私の母は平民で、当主だった父とは一夜の関係であり、本来ならロースター家に迎え入れられることもなかった。
ロースター家の中で孤立していた私には、そういう事情も教えられなかったのだろう。ロースター家はどっちなのか、今となっては興味もない。
私はレストさんの話に耳を傾ける。
「多くの貴族は保守派、つまり今の王政を支持している側についています。これからお会いするニューベルト公爵もそのうちの一人です」
バイエル・ニューベルト公爵。このルーレウトの街を含む近隣の領地を治めている貴族であり、元は王都を中心に活動する貴族の家系だった。
王族との関係も良好で、国王や殿下から信頼もされており、王都の貴族でありながら、各地に領土を所持している。
貴族の中でも王族に準じる権力、地位を持つ貴族らしい。
そんなすごい人にこれから会うのかと思うと、嫌でも緊張してしまう。
「失礼のないようにしないといけないですね」
「……その点は心配いりませんよ。あの方は寛大です。うちのお馬鹿な隊長を、快く受け入れてくれていますから」
「誰が馬鹿だ! あのおっさんが堅苦しいのは苦手って言ったんだぜ?」
「あれは貴方に合わせてくれたんですよ」
「え? そうだったのか!?」
「気づいていなかったんですか……」
レストさんは大きくため息をこぼす。
ガルドさんは豪快でマイペースな性格で、殿下の前でも大きな態度を取ったりしている。似たような態度を許しているみたいだし、私が考えるより厳しい人ではなさそうだ。
緊張が少しだけほぐれる。
「レストさん、改革派というのは?」
「その逆、今の王政に反対している者たちですよ」
「それって、国王をなくそう、みたいな考え方の人たちですか?」
「表向きはそうですね。王が人々の行く末を決めるのではなく、人々の意思、すなわち民意で決めるべき、という考え方です」
私は心の中で、そういう考え方も悪くない気がする、と思った。
けれど隣で話を聞いていたネロ君が、私の心を見透かしたように意見する。
「表向きの綺麗事だな。実際は、自らが権力を握りたいという連中だろう?」
「正解です」
「そ、そうなんですか?」
「……ええ」
レストさんはため息をこぼし、難しい表情で続ける。
「殿下を含め、王族の方々は地位に関係なく能力のある人間を高く評価し、平民であれ国に大きな貢献をした者には手厚い報酬をお与えになります。国を作るのは民であり、彼らの力なくして国の発展はないと考えておられるのです」
「素敵な考え方ですね」
「ええ、私もそう思います。ですがそれは、一部の貴族にとっては不評なのですよ。自分たちが権力を握れず、優遇されないことに腹を立てているのです」
「……ふっ、まるで子供だな。重要なのは立場ではなく、何を為したかだというのに」
ネロ君は話を聞きながら呆れてため息をこぼしている。
彼は小声で、いつの時代も卑しい人間は変わらないな、と呟いていた。彼が生きていた時代にも、似たようなことがあったのだろう。
「フレアさん、貴方が以前婚約していたカイン氏も、この改革派の人間でした。表向きは保守派を名乗っていましたが」
「……そう、だったんですね」
「すみません。嫌なことを思い出させましたね」
「いえ、大丈夫です。もう終わったことですから」
カイン様のことは、今でも時々思い出すことがある。
短い時間ではあったけど、私はあの人と婚約者の関係になった。けれど婚約は破棄され、結果的にロースター家との関係性もなくなり、私は自由になった。
今いる場所は気に入っているし、これまでのことも後悔はしていない。ただ一点、もっと早くカイン様の正体に気付いていたら、殿下が苦しむことはなかったのに……と、思う時がある。
「この街で呪いを広めているのも、改革派の貴族なのでしょうか」
「まだわかりません。この地を納めている領主は保守派の筆頭なので、可能性があるとすれば外から招かれた何者かが……と考えています」
「何のためにそんなことを……ここは王都からも遠いですし、この地の人々に呪いをかけても意味なんて」
「いえ、意味ならあります。ここは殿下の管轄の街です。殿下のやり方や思想は、特に改革派からは嫌悪の対象になっていますので」
ユリウス殿下は王族でありながら、地位や権力に縛られない考え方、行動をしている。私を親衛隊に誘ってくれたのも一つだ。
殿下が目指している王族の在り方は、地位や権力を何より大切にする貴族にとっては相いれないものだろう。
殿下が管理する街を苦しめることで、結果的に殿下を苦しめ、人々の殿下に対する信頼を崩そうとしている?
そうだとしてもやり方が回りくどい。
相手は殿下に直接呪いをかけるような大胆なことをしていた。そんな人間が、わざわざ遠回しなことをするだろうか。
何だろう?
私たちは何か見落としている気がする。見落とし……というより、気づいていないような。
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