57.呪いの痕跡
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街中は本当に王都とそっくりで、まるで帰ってきたような安心感がある。
もっとも、人通りは比べるまでもなく少なかった。
「元からこのくらい少ないのでしょうか」
「いや、前に来た時はもっと多かったぜ? なぁ、レスト」
「ええ」
レストさんはメガネをくいっと持ち上げ、周囲を見回しながら説明する。
「我々が以前に訪れたのは、殿下の視察に同行した時でした。確か三か月ほど前のことです。その時には今の何倍も人通りは多かったはずです」
「三か月……」
カラリスさんの話だと、街に異変が起き始めたのは二か月前のことだった。ガルドさんたちが訪れた三か月前の時点では何もなかったということは、その後一か月以内に何かがあったのか。
それとも表に出ていなかっただけで、予兆があったのか。
パッと見るだけでは原因もわからない。
私たちの馬車は街を警備している騎士団の駐屯地へと向かい、馬車を止めてから荷物を降ろす。
ガルドさんたちが入り口を警備していた街の騎士たちと話している。
「お疲れ様です。御足労感謝いたします」
「いいってことよ。それより、状況のほうはどうなんだ? 何か変わったことはないか?」
「はい。実は騎士たちの中でも、例の病気が広まっているようでして……」
「症状は?」
レストさんが尋ねると、その騎士はガルドさんたちを医務室に案内した。私もそれに同行することにする。
医務室に行くと、ずらっとベッドが並んでいて、全て使用者で埋まっている。
「症状は風邪と似ています。今のところ命に関わるような重篤な患者はいませんが、高熱が続いている者たちがここに」
「結構多いな。十二、十三人か」
「はい。他に軽微な症状のものが多く、騎士団の半数が感染してしまった可能性が高いです」
「半数もですか。中々感染力が強いようですね」
ガルドさんたちと騎士が話している横で、私とネロ君は高熱にうなされベッドで横になっている騎士に近づく。
それを見た騎士が目を細め、疑うように私たちを見る。彼はレストさんに尋ねる。
「失礼ですが、あの二人は?」
「新しく親衛隊に入った魔導具師のフレアさん、その助手のネロさんですよ」
「魔導具師の方でしたか」
「腕は超一流だぜ。殿下も信頼している。風邪や病気じゃないんなら、あいつらに見てもらったほうが手っ取り早いかもな」
ガルドさんたちが話している声を聞きながら、私とネロ君で患者さんの状態を確認する。
高熱による発汗、呼吸は落ち着いていて、脈もそこまで乱れていない。症状だけなら風邪の少し重たいような状態か。
見た目や症状からわかることはこの程度だ。
「どう? ネロ君」
「……僅かだが魔力の痕跡がある」
「――! じゃあまさか、また毒を?」
「……」
ネロ君はいつになく難しい表情をしていた。考えている、というより……少し怒っている?
私はネロ君を見ながら首を傾げる。
「ネロ君?」
「……毒ではない。これは……呪いだ」
「え……」
思わぬ一言を耳にして、私は一瞬だけ思考が固まる。身体もピタッと止まって、脳裏に殿下の表情が浮かんでいた。
呪い……殿下の身体を蝕んでいた。今もむしばみ続けている悪しき魔法の一種。
私はごくりと息を飲む。この街で広がっている症状が呪いによるものだとしたら、殿下を呪った者たちと関係しているかもしれない、と。
殿下に呪いをかけたのはカイン様だったけど、彼一人ではなかった。
複数の人物が殿下に呪いをかけていて、一番近くにいたカイン様が呪いの進行を早め、効果を強化していたにすぎない。
「もしかして……この街に」
いるのだろうか。殿下を呪った犯人が。
私は震える。恐怖ではなく、歓喜というわけでもなく、ただただ運命というものの強さを実感した。
「まだ確信はもてない。他の者も見てみよう」
「うん」
ネロ君と一緒に一人ずつ、苦しんでいる騎士たちの症状を確認して行く。
高熱は同じ、ほとんど風邪にしか見えない症状ばかりだけど、ネロ君が呪いという単語を口にしたことで、私の視点も変わってくる。
腕をまくり、少し服をはだけさせて、身体に変化がないかどうかを確認して行くと。
「ネロ君! これ……」
「……やはりか」
騎士の一人に、黒い模様が胸あたりに浮かび上がっているものがいた。その模様は形こそ違っているけど、殿下の身体に浮かび上がっているものに似ている。
普通の風邪に、このような模様が浮かび上がる症状などない。
模様を見たことで、疑念は確信へと変わる。
「この街で、呪いが広まっている?」
「そのようだな。しかも少々厄介だ」
ネロ君は難しい顔をしながら、ベッドで横になっている騎士の模様に触れる。
「どういうこと?」
「呪いが一つではない」
「一つじゃない? 複数人からかけられた呪いだっていうの?」
「いいや、そうじゃない。呪いをかけた人数が多いのではなく、呪いそのものが別だ。見ろ、他の者たちを」
私とネロ君は改めて、ベッドで眠っている人たちの身体を確認して行く。
黒い模様が浮かび上がっているのは、最初に見つけた一人だけで、他の人たちにはなかった。
「症状は変わらないのに、模様は浮かび上がっていない。呪いの進行そのものに個人差はあるが、同一の呪いなら、症状も同じになる」
「これだけ高熱が続いているのに、一人だけしか模様が出ていないのは……」
「そう、不自然だ」
「言われてみれば……」
確かにネロ君の言う通りだった。
呪いが進行しているなら、他の人たちの身体にも模様が浮かび上がっているはず。一人目の模様も、胸全体に広がるほど進行していた。
熱などの症状に差はない。多少の呪い進行に差があっても、一人だけがあからさまに呪いの模様が浮かび上がるのは不自然。
ネロ君は続けて説明する。
「呪いは魔力の痕跡が残りやすい。見る限り、この者たちには呪いをかけられた痕跡が複数ある」
「アクリスタみたいに、魔法で毒を作って呪いと合わせて使っているとかは?」
「ないな。単なる魔法と、呪いの魔力は感じ方が大きく違う。感覚の問題だが、ボクが呪いの痕跡を見逃すことはない」
ネロ君は強くハッキリと言い切った。
彼ほど呪いについて精通している魔法使いはいないだろう。かつてその身を蝕み、解放されるために自らをゴーレムとした大魔法使い。
苦い経験が、現代でも活かされていると思うと少々皮肉ではある。
「ネロ君。ガルドさんたちにも」
「……そうだな。彼らにも共有しておいたほうがいい。幸いまだ、ここの人間たちが呪いで死ぬことはないだろう」
「うん。でも……」
「わかっている。だが対応するのは明日からにしておけ。でないとお前が倒れるぞ」
「……うん」
本当は今すぐにでも彼らを楽にしてあげたい。
そのための準備も、魔導具を作る時間も必要で、心苦しさを感じながら私たちは医務室を後にした。






