54.本人に聞いてくれ
応接室に到着して、私たちとカラリスさんは向かい合う形でテーブルを挟み、ソファーに腰を下ろした。
出されたお茶を飲み、カラリスさんがリドリアさんに尋ねる。
「それで、聞きたいことというのは?」
「カラリスさんはご存じですか? ルーレウトの街でよくない感染症が流行していることを」
「もちろん知っていますよ。ちょうどこの間、ユリウス殿下の親衛隊の方々にも話を聞かれましたので」
殿下がすでに情報を集めるために親衛隊を動かしているらしい。それならわざわざ聞かなくても、いずれ私にも情報は回ってくる。
二度手間になってしまったようだけど、せっかく時間を作ってもらったのだから、私のほうでも話を聞いておこう。
「ルーレウトはどういう街なんですか?」
「ごく普通の街ですよ。街並みは小規模ですが、ここ王都に似ていますね。人々の暮らしも、特別何か変わっているということもありません」
「そうなんですね。街の魔導具の管理はカラリスさんが一人でやっているんですか?」
「基本はそうですね。普段は街にいる騎士が管理してくれています」
「騎士が? 魔導具師ではないんですね」
「魔導具師の数はそこまで多くありません。街に一人以上常駐させることはできませんから、騎士の方々にも協力してもらっているんです」
「そうだったんですね」
全然知らなかった。
私は王都の魔導具の管理を任されていて、ずっと一人でやっていたから、他の街や村でも同様に、魔導具師が一人はいて担当しているのだと思っていた。
「とは言え、魔導具師ではないので細かい調整はできません。だから月に一度のペースで私が確認をしに行くんです」
魔導具師でなければ魔導具の中身までは確認できず、外観や動いているかどうかの確認くらいしかできない。
だから王都から派遣される魔導具師によって、月に一度以上の確認作業をしている。他の街でも同様のことが行われているらしい。
「前回は二週間ほど前に確認してきましたが、問題なく機能していましたよ」
「そうですか。その前はどうしてしたか?」
「特に問題はありませんでしたね」
「街の様子は?」
「そうですね。その頃からだったか、風邪気味の人が街に増えていたように思います。とはいっても、そこまで深刻な症状ではなかったんですが……」
カラリスさんは話ながら難しい表情を見せ、続きを語る。
「二週間前に訪れた際は、騎士団の方も風邪をひいていました。症状はそこまで重いものではなかったみたいですが、既存の薬の効き目が悪く、長引いているそうです」
「その方々は今もルーレウトに?」
「ええ、いらっしゃるはずです。熱が酷いという感じでもなくて、ただちょっと風邪気味という症状が続いているようでしたね」
「風邪気味……」
聞く限りただの風邪のようにも思えるけど、アクリスタの一件が最近の出来事だから、余計に心配になってくる。
特に既存の薬の効き目が悪いという点は、アクリスタの一件と重なる。もしも意図的に誰かが街に毒をバラまいていたとしたら……。
「これは、実際に行って確かめるしかなさそうですね」
「そのほうがいいと思います。もしよければついで、魔導具のほうも見て頂けますか? フレアさんほどの魔導具師に見ていただければ、もし私が何か不具合を見落としていても発見できると思います」
「私はそんなに大したことは……でも、はい。見ておきます」
◇◇◇
カラリスさんとの話が終わり、研究室に戻って一日の仕事を終えた。私はネロ君と一緒に自室への帰路についている。
「カラリスさん、いい人そうだったね」
「どうだろうな。人は見かけでは判断できない。あの街で学んだはずだろ」
「それはそうだけど……」
「ふっ、まぁ確かに、あの男は善良な市民に見えた。悪だくみをしているようには見えないし、そもそも月に一度しか訪れず、ほとんどの管理を他者に任せている時点で、何か企んでいる可能性は低いだろう」
「そうだよね。じゃあ本当にただの感染症なのかな?」
「それこそ行って確かめる以外に他はない。もっとも病気が理由なら、派遣されるのはボクたちではなく医者だがな」
ネロ君の言う通りで、ただの感染症なら私たちがわざわざ出向く必要はない。王都には優秀なお医者さんがたくさんいる。
彼らに任せておいたほうがいい。
でも、殿下が私たちの意見を求めたといことは、そうじゃない可能性が頭に過っているのだろう。私も殿下も、アクリスタでの一件が記憶に新しいから。
「お、見つけた! フレア!」
廊下を歩いていると、大声で私の名前を呼ぶ人がいた。今の声は……。
「ガルドさん」
「よう、探したぜ。ネロもな」
「何の用だ?」
ガルドさんは走って私たちの元まで近寄り、ネロ君の質問に答える。
「ちょっと時間くれるか? 新しい任務のことで話があるんだ」
「ひょっとして、ルーレウトのことですか?」
「おう。ってことは殿下から話は聞いてるのか?」
「報告書を貰いました。私とリドリアさんに意見がほしいと」
ガルドさんに今日のことを軽く説明した。ガルドさんはうんうんと頷いて、腰に手を当てて胸を張って宣言する。
「なるほどな。そのことで、近いうちに俺たち親衛隊が調査に行くことになりそうなんだ。フレアも同行してほしい。もちろんネロも一緒だぜ」
「それは構わないが、ボクたちが同行するということは、そういうことなのか?」
「ただの風邪じゃないんですね」
「その可能性が高いってことだ。この間の件もあるし、あそこは殿下の管轄だからな。悪さしてる連中がいるかもしれねえ。だから確かめに行く」
ガルドさんは力強く拳を握り、意気込みを露にする。
正義感の強いガルドさんは、困っている街の人たちを想像して燃えている様子だ。私も、街の人たちが苦しんでいると聞いて放置はしたくない。
何ができるかは行ってみないとわからないけど、私の力が必要なら喜んで手伝おうと思う。
きっと殿下も、それを期待して私たちに報告書を見せたのだろうから。
「わかりました。そういうことなら」
「よし! 日にちが決まったら連絡するぜ! 室長にはフレアから伝えておいてくれ。しばらく留守にするってな!」
「はい」
「リドリアは嘆くだろうな。これでしばらく一人仕事だ」
「そ、そうかもね……」
リドリアさんには申し訳ないけど、私がいない間は一人で頑張ってもらうしかない。ネロ君はちょっぴり意地悪に笑う。
リドリアさんが嘆いている様子が今から想像できてしまって、すでに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな私にネロ君は言う。
「気にするな。元より一人分の仕事だ」
「それはさすがにひどいんじゃ……」
「ボクたちに頼りきりでは成長できないということだ。いい加減、リドリアには室長としての自覚を持ってもらわないとな」
「ネロ君はリドリアさんに厳しいね」
「そう見えるか?」
「うん。どうして?」
私が尋ねると、ネロ君は少しだけ切なげな表情を見せ、口を開く。
「あいつが、ボクの弟子に似ているせいだろうな」
「ネロ君、弟子がいたの?」
「ああ。昔の話だがな。出来はいいくせに根性はない。いつも泣き言ばかり言っていた。見ていると腹が立ってくる」
「そ、そうなんだ……」
その昔のお弟子さんと比べられて、リドリアさんにも厳しくしているのか。ちょっとリドリアさんに同情する。
「そういうわけだから、また後でな!」
「はい! あ、ガルドさん」
「なんだ?」
立ち去ろうとしたガルドさんを呼び止める。
「その、殿下も同行されるんですか?」
「あー、そいつは本人に聞いてくれ。たぶんそっちのほうがいいだろ」
「……? はい。わかりました」
私は首を傾げながらガルドさんを見送った。
その日の夜……。






