とある魔導具師の日常③
西の空に夕日が沈んでいく。
静けさが増す王城の敷地を、二つの影が並んで歩く。
「今日も忙しかったか?」
「いえ、私は普段通りでした」
「君の普段通りは、つまりは忙しかったということだな」
そう言って殿下は呆れたように微笑む。
私は殿下の笑顔を横目に話す。
「殿下のほうこそ、今日はお忙しかったのではありませんか?」
「少しな。おかげで何度かすれ違った」
殿下が私のほうを向き、優しく微笑みながらそっと手を握る。
「朝、本当は会いたかったんだ」
「殿下……私もです」
握ってくれた殿下の大きく強い手を、私は優しく握り返す。
私が殿下に会いたいと思っていたように、殿下も同じ気持ちで眠っている私の部屋を訪ねてきてくれた。
もう少し早く起きていればと少しだけ後悔したけど、今こうして手を取り合えているから……。
「お身体は変わりありませんか?」
「ああ、すこぶる健康だ。君がくれた腕輪のおかげで、呪いもあれから発動していない」
「そうですか……」
あの夜、仕事に疲れて一人帰る途中、苦しんでいる声を聞いた。
恐る恐る覗き込んだ先にいたのは、呪いに苦しんでいるユリウス殿下だった。
あの出会いがなければ、今の私はいないだろう。
きっと変わらず、一人で山のような仕事に押しつぶされて、いつか孤独に……。
考えただけでもぞっとする。
何より、殿下が苦しみ続け、呪いに侵され命を落としていた。
殿下を救うことができたのは、私の人生において最大の誉れだ。
「見ろ、フレア」
「――綺麗」
殿下と共に歩みを止め、夜空に浮かぶ月を見る。
星々と主に夜空を照らす丸い星。
「今宵は満月か」
「そうみたいですね」
「この月を見ることができるのも、あの日フレアが助けてくれたおかげだ。何度お礼を言っても足りないくらいだよ」
「いえ、私のほうこそ、ユリウス殿下のおかげで……今は毎日がとても楽しいです」
仕事ばかりの日々から解放され、自分のやりたいことに取り組める。
まさに夢のような日々だ。
いいや、それ以上に今でも時々、夢じゃないかと思ってしまう出来事があった。
それは……。
「殿下に、恋ができることも……私の幸せです」
私は殿下を見つめる。
愛おしく、大切な人の顔を。
私は不相応にも、一国の王子様に恋をしてしまった。
それどころか、殿下は私の気持ちに応えてくださった。
自分も同じ気持ちだと、私のことが好きだと言ってくれたんだ。
「本当に夢のようです」
そっと目を瞑る。
すると、殿下が耳元で囁く。
「なら、現実だと教えてあげよう」
「え?」
ぐっと手を引かれ、唇が触れ合う。
不意打ちだった。
思わず目を開けると、殿下の顔がすぐ近くにあって、私の顔が赤くなる。
唇が離れ、お互いの視線が合う。
「この感触は夢じゃないだろう?」
「は、はい……」
「ああ、すまない。さすがに唐突だったか?」
「いえ! お、驚きました。でも……」
嬉しかった。
言葉にできないほど幸せな時間だった。
改めて思う。
口づけというのは不思議だ。
触れ合う面積はごく僅か、にも拘らず、お互いの心を強く近く感じられる。
これ以上ないほどに、幸せが溢れてくる。
それを知ってしまった私は、少しだけ我儘になった。
「殿下……もしよければ、もう一度だけ」
「――! ああ、何度でも構わないよ。君が満足するまで」
口づけを交わす。
二度目、三度目と続けて。
周りに誰か来るかもしれないとか、そんなことはお構いなしに。
ただ求め合う。
お互いを、全霊で。
「殿下……こんなに幸せで……いいんでしょうか」
「いいに決まってる。君が幸せであることを、一番望んでいるのが誰かわかるか?」
そう言って、殿下はもう一度唇を合わせる。
ああ、この幸せを噛みしめよう。
いつまでも。






