とある魔導具師の日常②
殿下の下に来てからも、魔導具師としての仕事は続けている。
前よりずいぶん働く環境はよくなった。
終わることのない仕事に翻弄されたり、一人寂しく夜遅くまで残って働くこともない。
適切な仕事量を与えられ、自由を謳歌できる時間もある。
これ以上ないほど恵まれている。
「確認は終わったぞ」
「ありがとう」
魔導機関の調整は、宮廷で働く頃から私がやっている。
私が請け負う仕事の中で、今も昔も一番重要な仕事がこれだ。
王都の人々の暮らしは、魔導具の技術によって支えられている。
この部屋にある魔導機関は、人々の暮らしを支える心臓部のようなもの。
だから念入りに不具合がないかチェックする。
今はネロ君もいるから、仕事の効率もぐんと上がった。
「この後はどうする?」
「リドリアさんのお手伝いに行くつもりだよ」
失踪してしまった前室長に代わり、新しく宮廷魔導具師のトップになったリドリアさん。
置き土産と言わんばかりに残された仕事で、毎日大変そうにしている。
同じく仕事で遅くまで残っていた者同士、通じ合うところも多い。
今ではよき友人関係になった。
リドリアさんとは魔導具の話で盛り上がれるから、話していて楽しいというのもある。
もちろん、殿下と二人で過ごす時間は特別な楽しさがあるけど。
女性同士で遠慮もしなくていいから、リドリアさんと会うのは楽しみだ。
「じゃあ行こうか」
「そうだな。今頃お前が来るのを待っているかもしれないぞ」
「そうだといいなぁ」
私はネロ君と一緒に宮廷へと向かった。
元同僚とすれ違う。
挨拶をする人、バツが悪そうに眼を逸らす人。
これまで私をどう見ていたのか、一瞬の反応でもわかってしまう。
宮廷で働いていたはずなのに、廊下を歩いていると視線を集めて居心地が悪い。
私は少し急ぎ足でリドリアさんの部屋に向かう。
ノックをして、中の人の許しを得てから扉を開けた。
「こんにちは、リドリアさん」
「手伝いにきてやったぞ」
「フレアさん! ネロさんも! よく来てくれましたぁ」
私たちを見て嬉しそうに、心底安心したように溶けた表情を見せるリドリアさん。
テーブルの上には山積みになった書類。
この間手伝った時よりも明らかに量が増えていた。
「すごい量ですね……」
「そうなんですよ。自分の研究もしたいのに溜まっちゃって……手伝ってもらえませんか?」
「はい。そのために来ましたから」
「ありがとうございますぅ」
「情けない顔をするな。それでも組織のトップか」
やれやれとネロ君は呆れている。
私にはリドリアさんの気持ちがわかるから、弱音を吐きたくなるのも納得できる。
彼女も、他の職員の前ではしっかり室長らしく振舞っていた。
弱音を見せるのは私たちの前だけ。
そう思うと、信頼され、頼りにされていることに気付ける。
だから私も彼女のために、少しでも早く仕事を終わらせたくなる。
「終わりましたね」
「はぁ、本当にありがとうございました。私よりフレアさんのほうがずっと室長に向いてますよ」
「そんなことありません。私は他人をまとめるとか、指示するのは苦手なので」
「私だってそうですよ。そういう部分は、前室長を見習わないといけないですね」
「そうかもしれませんね」
あの人は今頃どこで何をしているのだろう。
時折気になっては、知る方法はなくて諦めてしまう。
何より、私たちは他人だ。
気になるだけで、それを知ってどうしたいというわけでもない。
「今度お礼をさせてくださいね、フレアさん」
「気にしなくていいですよ。リドリアさんのお手伝いは、殿下にもお願いされていることですから」
もちろん、殿下のお願いがなくても、個人的にリドリアさんを応援したいと思っている。
少なくとも今は、お互いによく知り合った。
「それじゃ、私は戻りますね」
「はい。殿下にもよろしくお伝えくださいね。ネロさんもありがとうございました」
「お前はもう少しシャキッとすることだな」
「はい……頑張ります」
子供の見た目のネロ君に注意され、リドリアさんは縮こまる。
なんだかシュールな光景だ。
帰る頃には、外はすっかり夕刻となる。
西の空に沈む夕日が、オレンジの光で王城を照らす。
「……」
今日は殿下に会えなかった。
また明日、会えることを期待しよう。
そう思った時だった。
「ボクは先に戻る」
「え? どうして?」
「決まっているだろう? 男女の時間を邪魔するほど、ボクは無粋じゃないんだ」
そう言って立ち去る。
代わりに、私の下へと足音が近づく。
「殿下」
「会いたくなったから、会いにきた」
そう言って殿下は微笑む。
夕日のせいか、頬をほんのり赤らめながら。
「私も――会いたいと思っていました」
まるでお互いの思いが通じ合ったように、惹かれ合ったように。
私たちは歩み寄り、手を取る。
同じ想いならいずれ会える。
ネロ君のことばを思い浮かべながら、殿下と一緒に歩き出す。
【作者からのお知らせ】
いつも本作を読んで頂きありがとうございます!
さて、いよいよノベル第一巻が5/10に発売されます!
改稿を重ね、新エピソードも書下ろし、より一層面白くなっておりますので、ぜひぜひお手にとってくれると嬉しいです!
よろしくお願いします!!






