5.新しい場所
「休みならあるんじゃないのか?」
「一応……ありはします」
「……まさか、休みの日も働かされてるんじゃないのか?」
「あ、あはははは……」
私は笑ってごまかした。
すると殿下は怖い顔をする。
「笑い事じゃないぞ」
「す、すみません」
「いや、君に怒っているわけじゃない。魔導具師だと言ったな? 他の者は? 君だけ残っているのは?」
「あ、えっと……」
殿下はぐいぐい質問してくる。
どう答えればいいのかわかわらず、私はオドオドする。
「何かあるんだな?」
「いえ、そんな」
「いいから、本当のことを教えてくれ」
「……はい」
結局、殿下の圧に負けてすべて話すことにした。
今日起こったこと。
それ以前から続いていることを。
話すつもりはなかったけど、話してしまえば止まらない。
思うところしかないから、次々に愚痴が出てくる。
「なんだそれ! 思いっきりパワハラじゃないか」
「あ、やっぱりそうなんですね……」
「自覚なかったのか?」
「……多少は思ってました。でも、期待してるからって」
殿下は大きくため息をこぼす。
「あのな、無茶な仕事を与えられることは期待って呼ばない。どう考えても君への嫌がらせだ。よく四年も耐えたな」
「あははは……そうするしかなかったので」
「婚約破棄の件もだ。怒ってよかったんだぞ?」
「怒れない……ですよ」
失望させてしまったことは事実だ。
カイン様も、最初から冷たかったわけじゃない。
そうさせたのは私だ。
もっと早く相談していれば……とか、もう手遅れなことを考えている。
「そうか? 俺は、君のことをちゃんと見ていなかっただけな気もするけどな」
「そう……でしょうか」
「まぁ、君がどう思うかは君の自由だ。ただ少なくとも、君が今置かれている環境は普通じゃない。それだけは事実だ」
「……はい」
わかっている。
私が、多くの人から嫌われていることは。
嫌というほど思い知らされた。
またあふれそうになった溜息を、ぐっと堪える。
「……よし、決めた。フレア、明日荷物をまとめておけ」
「え……? 荷物って、まさかクビですか!?」
本音を話したから、王国に反感を持っていると思われた?
急にクビになったらどうやって生きていけばいいの?
「違う違う。むしろ昇格だ」
「しょ、昇格?」
「ああ、たっぷり休みもとれるぞ? 期待していい」
私は首をかしげる。
その意味を知ったのは翌日のことだった。
◇◇◇
「本日をもって、フレア・ロースターを第二王子付き特別宮廷魔導具師に任命する……」
「とのことです」
朝、私のもとには一通の任命書が届いた。
そこに記されていた内容を、所長が読んでいる。
第二王子付き、つまりユリウス殿下直轄の魔導具師になるということだ。
「そういうことなので、今後私への仕事がある際は殿下に一度通してください。この研究室もお返しします。殿下が新しく用意してくださるそうなので」
「な、なんなのこれは? 一体どういうこと?」
「それは私にもわかりません」
殿下から私へのプレゼントだ。
本当は知っているけど、殿下から呪いの件も含めて口留めされている。
何より、この人はもう私の上司じゃなくなった。
話す必要はない。
「今までお世話になりました」
私は深々と頭を下げて挨拶をする。
「ま、待ちなさい! まだ仕事が残っているでしょう!」
「昨日までの仕事は終わらせました。今日からの分は、先に殿下を通してください」
「通常業務もあるのよ!」
「それも、殿下が今後は判断してくださります。その任命書にも記載されているはずです」
これまでの業務は他の宮廷魔導具師へ引き継ぐこと。
本日より実行する、と。
ちなみに代わりとなる魔導具師には、所長の名前が記されていた。
もちろん、殿下からの指示だ。
断ることはできない。
立ち去ろうとする私を所長は必死で引き留める。
よほど私の仕事を代わりにやりたくないんだ。
「待ちなさい! 自分の仕事を押し付けるなんて無責任だと思わないの?」
「それは申し訳ないと思っています。ただ……」
これを言うのは、少々意地悪だろうか。
でも、せっかくの機会だ。
言ってしまおうと思う。
今日まで耐えた分を一気に、うっぷんを晴らすように。
「私一人の仕事程度、所長なら難なくこなせてしまいますよね? だって所長は、この国で一番優れた魔導具師なんでしょう?」
「っ……フレア……」
「お疲れさまでした。何かあれば、殿下にお伝えください」
そう言って扉を閉める。
四年間お世話になった研究室に別れを告げ、宮廷から王城へと足を運ぶ。
先に教えてもらった部屋に向かい、深呼吸をしてから扉を開ける。
「ようこそ、新しい研究室へ」
部屋の中で、ユリウス殿下が待ってくれていた。
新品の研究道具に、きれいに掃除された部屋。
宮廷の研究室よりも一回り広くて、隣には私が暮らすための部屋も用意されている。
もう、ロースター家の屋敷に帰る必要はない。
宮廷で頭が痛くなるような激務に追われる心配もない。
ここで、彼のもとで働ける。
朝起きて、仕事をして、定時には終わってゆっくり休む。
休日だって定期的にある。
そんな普通な生活が送れるようになる。
「どうだ? 気に入ってくれたか?」
「はい! 最高の気分です!」
この日を境に、私を取り巻く環境は大きく変化する。
これは一人の天才魔導具師が、無自覚に人を、国を救う物語。
その始まりである。