47.星に願いを
素材を買い集めていた道中、ガルドさんたちとも合流した。
荷物が多くなって殿下一人では持てない量になっていたから、タイミング的にもぴったりだった。
ガルドさんたちにも協力してもらい、素材を管理局へ運ぶ。
そのころには夕日が沈み、すっかり夜になっていた。
「今日はここまでだな。作業の続きはまた明日だ」
「はい」
というわけで、初日は素材集めで終わってしまった。
私たちは殿下の案内で今夜の宿へ向かう。
この街にも王族が管理する屋敷があるらしく、今夜はそこを使う。
各都市には最低でも一つずつ、王族が宿泊するための屋敷が設けられているそうだ。
貴族の中にも別荘を複数持つ者たちはいる。
ただ、王族はやっぱりスケールが違う。
屋敷に到着した私たちは、それぞれに部屋を与えられた。
一人一部屋使っても余る部屋の数だ。
ネロ君と私は隣り合わせの一室を、少し空いて親衛隊の皆さんと殿下の部屋がある。
食事も終わり、入浴も済んで、あとは寝るだけになった。
私は一人、ぼーっと自室で天井を見上げる。
「……寝られない」
明日も朝からお仕事だ。
しっかり働けるように早く寝よう。
親衛隊の皆さんも、明日に備えて休息中だ。
殿下も今日は荷物を持ってもらったりして疲れたはずだ。
今頃ぐっすり眠っているに違いない。
私はベッドから身体を起こし、月明かりが差し込む窓のほうを見つめる。
「この屋敷の中は安全……なんだよね」
寝る前にネロ君がそう言っていた。
彼が屋敷を守る結界を張ってくれているそうだ。
おかげで親衛隊のみんなも休むことができている。
「ちょっとくらい出歩いてもいいよね」
屋敷の中だけなら大丈夫だろう。
どうせ眠れないんだ。
それに、あのチラシに書いてあったものを思い出す。
「流星群……今夜だといいな」
私は部屋を出てベランダに向かった。
夜風が吹き抜ける。
ほんの少し肌寒いけど、今は心地いいくらいだ。
空は雲一つない。
星々もよく見える。
ただ……。
「流れてない……か」
「フレア?」
後ろから声をかけられる。
私は勢いよく振り向く。
見る前に声で誰かはわかっていた。
「殿下」
「こんばんは」
「こんばんは。どうしてこちらに?」
「それは俺のセリフなんだがな」
殿下は呆れた笑顔を見せながら歩み寄り、私の隣に立った。
ベランダの柵に両腕を乗せ、もたれ掛かって夜空を見上げる。
「星を見に来た」
「え? もしかして殿下もあのチラシを?」
「まぁな。目に入った。というか、君が見ているのに気づいて俺も見つけたんだ。今夜かもしれないんだろ? 流星群」
「みたいですね」
殿下も流星群を見るためにベランダへやってきた。
私と同じように。
「星、好きなのか?」
「嫌いではないですけど、特別興味があったわけでもない、ですね」
「そうなのか? わざわざ眠らず夜空を見に来るくらいだから、それだけ好きなのかと思ってた」
「なんだか眠れなくて」
私は夜空を見上げる。
なんとなく眺める夜空には、特に眩しい星がある。
その周りには、光の弱い星々がある。
強い光に負けて、今にも消えてしまいそうだった。
まるで……。
「私と殿下みたい」
「ん? 何がだ?」
思わず声に漏れてしまっていたらしい。
私は咄嗟に口を塞いだけど、手遅れだった。
キョトンとした表情で殿下は私のことを見ている。
「その……改めて思うと、恐れ多いなって……」
「何の話だ?」
「……私が、殿下に恋をしていることが、です」
消え入りそうな声。
我ながらなんて自信なさげなセリフだろう。
「今さらだな。そんなことを考えていたのか?」
「はい」
「誰かに何か言われたか?」
「そういうわけじゃありません。ただ……夢みたいだから」
殿下と出会うまでの私は、仕事のことしか考えていなかった。
明日は何をすればいいのか。
より早く、無駄なく仕事を終らせる方法はないか。
次の休みはいつになるだろう。
そんなことばかりを考えていて、他のことなんて考える余裕はなかった。
自分の将来のことも……。
でも今は、考えることができる。
明日のことも、何をしようか自分で選ぶことだってできてしまう。
嘘みたいに開放的で、自由な日々を送っている。
生まれて初めてかもしれない。
こんなにも前向きに、未来のことを想像できるのは。
だからこそ不安になる。
幸せな今が、いつまで続くのだろうか。
全部夢なんじゃないか。
幸福な夢はいつか目覚めてしまう。
私は今、どこにいるのだろう。
「幸せ故の不安……か。贅沢な悩みじゃないか」
「そうですね」
私にはもったいないほどに。
「俺も似たようなことは考えてる」
「え?」
「将来のこと、不安がないかと言われたら嘘になる。俺は王子だ。俺の将来には、どうしても国のことが関わってくる。何もかもを俺の一存では決められない。窮屈だよ」
「殿下……」
殿下の弱音を、初めて聞いたかもしれない。
呪いに侵されていた時でさえ、彼は諦めずもがいていた。
そんな彼が不安を吐露している。
私のことで……。
なんて贅沢なんだ。
私は。
その時、夜空に星が流れる。
「殿下!」
「ああ」
一つ、二つ、次々に流れていく。
星が降る夜。
私たちは夜空を見上げる。
「綺麗だな」
「はい。すごく」
私たちは並んで星を見る。
この時間は永遠じゃないけれど、今はこれでいい。
不安を抱き、いろいろ考えながら生きていこう。
私は星に願う。
いつの日か、お互いに不安もなくなって……ただ、幸せだけを感じられる日が来ることを。






