44.水の街
「……はぁ、疲れた」
ばたんと倒れこむようにベッドで横になる。
一日の終わりにどっと疲れを感じたのは久しぶりかもしれない。
リドリアさんがネロ君の身体に興味を持ってから、二時間近く裸のネロ君と語り合っていて。
その間ずっと困っていたのは私だけだった。
目を閉じると思い出す。
ネロ君に言われた言葉を。
「私もいつか……」
思い浮かべたのは殿下の顔。
愛しい人のこと。
いけない想像を仕掛けた私は、思わず何もない頭の上で手をぶんぶんと振る。
私はどうやら男性への耐性がないらしい。
リドリアさんを見て実感した。
これじゃそのうち殿下にも呆れられてしまうだろうか。
少し不安になりながらもう一度目を瞑る。
◇◇◇
翌日の朝。
私とネロ君は殿下に呼び出されて執務室に足を運んだ。
中には親衛隊の皆さんがすでに待機していた。
ガルドさんが豪快に手を振ってくれる。
「おう久しぶり! 元気だな」
「はい。皆さんもお変わりありませんでしたか?」
「我々はいつも通りです。隣の方は、ダンジョンで発見したゴーレムの……」
「ネロ・クラウディウスだ。よろしく頼むぞ」
親衛隊の皆さんにもネロの事情は伝わっている。
ただ直接対面するのは今回が初めてだった。
四人とも物珍しそうな表情で見ている。
「へぇ~ 動いてみると尚ゴーレムに見えねーな」
「ただの美少年ですね」
「中身はおじさんなんすよね! って痛い!」
「あんた言い方考えなさい」
相変わらず賑やかな人たちだ。
「お前たちも俺を目覚めさせるのに一役かってくれたそうだな。礼を言おう。お前たちのおかげでボクはここにいる」
「気にすんなよ。別にお前さんを助けるためにダンジョンに入ったわけじゃねーからな。つかあのダンジョン作ったのお前なんだよな?」
「そうだ。あそこはボクの研究用の隠れ家だった」
「すげーな。あんなもんどうやって作ったんだよ」
「簡単だぞ。ダンジョンづくりなど」
さっそく仲良く話をしている。
人当たりのいい彼らとネロ君は相性も悪くなかったみたいだ。
一先ずホッとする。
すると遅れて殿下がやってくる。
「すまない遅くなった。なんだ? もう打ち解けているのか」
「お、殿下待ってましたぜ」
「来たか」
「全員揃ってるな」
殿下は一人一人と視線を合わせ、最後にソファーへ腰を下ろす。
場所はもちろん、私の隣に。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない。次の案件についてだ」
「やっとか。結構待たされて暇してたんだよ」
「だと思ったよ。今回は少々大がかりだ。というより、フレアの力が必要不可欠になりそうなんだ」
「私ですか?」
殿下は頷く。
私ということは、魔導具が必要になる案件なのだろう。
そういう話ならぜひ頑張りたい。
殿下にいいところを見せたいと心の中で意気込む。
「内容は?」
ネロ君が尋ねた。
殿下が地図を広げて説明する。
「王都から南に下ったところにある街、アクリスタでは現在、原因不明の水害に悩まされている」
「アクリスタって確かあれっすよね! 水の街って呼ばれてて、街中に水路とか噴水がいっぱいあるところ!」
「そうだ」
「水害ということは、洪水、もしくは干ばつですか?」
レストさんが尋ねる。
私も思い浮かんだのはその二つだったけど、どうやら違うらしい。
「アクリスタの水路の水は地下から湧き出ている。そのまま飲んでも平気なくらい綺麗な水で、街の人々の生活を支えていた。その水が汚染されているらしい」
「汚染? なんでまた急に」
「わからない。だからガルド、それを俺たちで調べに行くんだ」
「なるほどだ。もしかすると人為的かもしんねーな」
気合を入れる様にガルドさんは拳同士をトントンとぶつける。
人為的……誰かの手によって汚染されたなんて考えたくない。
けれど可能性はあるのだろう。
涼しい顔をして裏で闇と繋がっていた誰かを思い出す。
◇◇◇
早々に準備を済ませ、私たちは馬車に乗って王都を出発した。
目的の街アクリスタへは片道約四時間。
それほど距離は離れていないけど、山を一つ越える必要がある。
山を越えた先は気温がぐんと上がり、太陽の日差しが強くなる。
「やっぱこっち側は暑いっすね~」
「鎧とか着てらんねーなぁ」
「だからっていきなり脱ぎだすとか止めてよね。そんなことしたら全身氷漬けにしてやるわよ」
「……暑いありっすね」
「ありだな」
ガルドさんとダンさんの反応に呆れるイリスさん。
彼らのやり取りを見ながら微笑ましそうに殿下は笑う。
しかし本当に暑い。
山一つ挟んだ程度でこれほど変わるのかと驚かされる。
涼しい風を出す魔導具を持ってくればよかった。
材料はあるしここで作ってしまおうかな?
「魔力の無駄遣いはやめておけ」
「あ、バレた?」
「お前は表情に出やすい。わかりやすいからな」
ネロ君に止められたので作るのは止めにしよう。
確かにこのくらいの暑さなら我慢できる。
何でも魔導具に頼っていると、もしも魔導具がなくなったらどうする?
「実際魔導具がなくなったらどうなるのかな? そんな世界想像できないよ」
「それほど現代の生活に溶け込んでいるということだ。だが文明は発展するばかりではない。些細なきっかけで崩壊することもある」
「怖いこと言わないでよ」
「可能性の話だ。当り前になっているものほど、失った時が怖いものだからな」
ネロ君の言葉には異様な重みがある。
そういう場面を体験してきたのかもしれない。
事実、私たちがこれから向かう街でも、同じようなことが起こっていた。






