43.所長と美少年
「――というわけなんです」
「……え?」
この日、初めて私はリドリアさんにネロ君を紹介した。
以前から動いている姿は何度も見ているし、殿下とのありえない噂が広まっていることも知っている。
彼がゴーレムであることは当然知っていた。
そんな彼女も、私にとって信頼できる人物の一人。
正直にネロ君が過去の大魔法使いだということを打ち明けたら……。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね? 話が唐突すぎて混乱してます」
「そうですよね」
リドリアさんの反応は当然のものだった。
いきなり大昔の大魔法使いがゴーレムになって復活しました。
なんて説明して、そうなんだとあっさり納得するほうがおかしいだろう。
私だっていまだに信じがたいことはある。
だけど、彼のコアを作ったのは私だから理解できる。
ネロ君が普通ではないことを。
「正直信じられませんが……確かに、ゴーレムと呼ぶには自由すぎますね。いかにフレアさんが完成させたコアが優れていても、これほど人間らしく動くゴーレムなんて想像できません」
「ただのゴーレムではないからな。この身体は、ボクの本来の肉体をベースにしている。言い換えれば生きた死体だ」
「し、死体!? 自らの身体をゴーレムに作り替えたんですか? なんでそんなこと……」
「そうするしかなかったんだ。生き残るためにはな」
ネロ君の口から呪いを受けていたことが語られる。
彼も、自ら望んでゴーレムになったわけじゃない。
そうするしか方法がなかった。
未来を生きたいと願った彼は、最善の方法を選択したに過ぎない。
もっともこんな方法、普通の人間には思いつくことさえできないとは思うけど。
ネロ君の存在が、彼の魔法使いとしての規格外さの証明になっている。
「それで……これからどうするつもりなんですか? ネロさん」
「さっき説明した通りだ。今のボクは彼女の助手だからな」
「大魔法使いが助手……すごい組み合わせですね」
「あははは……私もそう思います」
見た目は子供だけど、私なんかよりずっとすごい人が隣にいる。
しかも私を支える助手として。
改めて考えるとアンバランスな関係性だ。
「その、いいんですか? ネロさんはそれで」
「構わない。ボクを目覚めさせてくれたのは紛れもなく彼女だ。彼女がいなければボクは今も眠っていた。もしかすると、永遠に目覚めなかったかもしれない」
彼は拳をぐっと握りしめ、見つめる。
生きていることを実感するように。
「感謝している。心から」
「ネロ君……」
「この恩を返すまで、ボクはしばらくここにいる。感謝は言葉だけではなく、行動で示してこそ意味があるものだ」
「なんだか深い言葉ですね」
「ネロ君の言葉は妙に説得力があるんですよ」
「当然だ。お前たちとは生きてきた時間の密度が違う」
こうして彼と言葉を交わす度、彼が生きていた時代に興味が湧く。
殺伐とした世界だったと彼は言っていたけど、きっとそれだけじゃなかったはずだ。
争いしか生まない世界なら、彼のように優しい人は生まれないと思うから。
「そういうわけだ。リドリアと言ったな? お前も何かあれば遠慮なく言うといい。彼女の上司なら、ボクの上司も同じだ」
「せ、正確には上司じゃないんですけど……え、いいんですか?」
「ああ、大抵のことは聞いてやろう」
「じゃ、じゃあ一つ……」
リドリアさんがそわそわしている。
ネロ君を見つめながら、何かを期待しているように。
一体何をお願いするのか私も興味が湧いた。
積極的なリドリアさんは珍しいから特に。
「できればいいんですけど……その身体って、どこまで人間に近いんですか?」
「ん? なんだ? そんなことが知りたかったのか?」
「そうなんですよ! ずっと気になっていたんです。見た目や動作は人間の少年そのもので、食事や睡眠までするんですよね? どうなっているのか知りたくて知りたくて」
興奮しているせいか普段より早口だ。
こんなリドリアさん初めて見る。
「そうか。だったら存分に調べるといい」
「い、いいんですか? じゃ、じゃあ服を脱いでもらっても」
「構わないぞ」
「え?」
いきなり話が一気に進んだ気がする。
ネロ君は一切の躊躇なく服を脱いで、数秒後にはあられもない姿になった。
「これでいいか?」
「おおー……本当に人間の少年そのままなんですね」
「外見だけではないぞ? 内部の構造も人間のそれと同じだ。空気を取り込み、血が通い、神経がとおっている。無論、すべて疑似的なものではあるが」
「成長はするんですか?」
「肉体は変化しない。ただし、ボクが魔法で形を変えることはできる。やろうと思えば大人になることも、より子供になることもできる。性別は変えられないがな」
二人は向かい合いながら淡々と話をしている。
全裸の少年と、それをまじまじ眺める年上の女性……。
知らない人が見たら衛兵を呼ばれるんじゃないかな?
というより……。
「む? どうした?」
「なんで目を塞いでいるんですか? フレアさん」
「いや、だって……裸ですし、むしろなんでリドリアさんは平気なんですか!」
少年の見た目とはいっても男の子だ。
異性の裸なんてまじまじ見る機会はない。
私は恥ずかしくてまっすぐ見られない。
魔導具師として彼の身体に興味はあるけど……それ以上に恥ずかしい。
「私、弟がいて同じくらいの年齢なので。それにネロさんはゴーレムですから」
「そうだぞ。何を恥ずかしがることがある」
と言いながらネロは堂々としている。
どこも隠そうとしていない。
「この程度で恥ずかしがるな。そんなことではあの王子と一夜を共にすることになった時、何もできないぞ?」
「なっ、ね、ネロ君!」
一瞬想像してしまって顔が真っ赤になる。
楽しそうに笑うネロ君の横で、リドリアさんがキョトンとしていた。
そういえば、私と殿下のことは伝えてなかったような……。






