42.二人きりの時間
休日の朝。
普段よりほんの少しゆっくり目覚める。
「ぅうーん……」
大きく背伸びをする。
昨日まで一緒の部屋で眠っていたネロ君も、今日からは別々のお部屋に移動した。
無垢な子供ならともかく、中身が私よりずっと年上な男性とわかったら、さすがに一緒の部屋で眠るのはよくない……。
と、殿下が気を利かせてくれた。
ネロ君のほうは。
安心しろ。
他人の女に手を出す趣味はない。
元より、今のボクはゴーレムの身体だからな。
その言葉に嘘は感じなかったけど、殿下は俺が嫌だからと部屋をわけた。
殿下に特別扱いしてもらっている気がして、なんだか優越感だ。
というわけで、私は数日ぶりの一人を体感している。
私一人だけの部屋は静かで、少し寂しい気持ちになる。
服を着替え、顔を洗う。
シャキッと目覚めた私は部屋を出る。
扉を開けると廊下には。
「起きたか」
「ネロ君?」
彼が私のことを待っていた。
ネロ君の部屋は私の隣、厳密には研究室の隣にある。
「早いね。もう起きてたの?」
「この身体に本来睡眠は必要ない。ただの習慣でとっているだけだ。それに今日はやっておくことがあったからな」
「やっておくこと?」
「詳しい話は三人でしよう。食堂に行くのだろう?」
そのつもりだったので、私はこくりと頷く。
殿下も交えてというと、昨日話していた噂への対策のことだろうか。
私はネロ君と一緒に食堂へ向かう。
扉を開けると、すでに殿下が席についていた。
「おはよう、フレア」
「おはようございます。殿下」
彼のさわやかな笑顔が見られて、とても清々しい気分になる。
「ネロもおはよう。もう済んだのか?」
「手筈通り手は打った。問題なく発動している」
「さすが大魔法使いだな」
「この程度ならボクでなくても容易だ。その話はお前から説明してやれ」
殿下はそのつもりだと答える。
私たちは席につき、食事をしながら話をする。
「昨日、正式にネロを君の助手にした」
「そうだったんですか?」
「ああ。曖昧な立ち位置が変な噂を生んだのもあるからな。最初からこうしていれば、余計な問題は増えなかった。君には本当に迷惑をかけたな」
「そんな! 私より陛下にご迷惑を」
一国の王子に隠し子。
下手をすれば国民の信頼を損なう大問題だ。
私はあくまで一個人、宮廷魔導具師という立場はさほど強くない。
それに、噂の内容自体は……そこまで嫌じゃなかった。
「だが、もう噂が広まる心配はない。すぐに消えるだろう」
「そう……なんですか?」
ネロ君を正式に助手にしただけで変わるのだろうか?
すでに広まった噂を否定するには、相応の変化が必要になる。
燃え広まった炎を消すのは容易じゃない。
今さら立場を表明したところで……と、私の疑問を見抜くように、殿下は続けて説明する。
「ただ助手にするだけじゃ無理だが、そこは大魔法使いの力を借りたんだよ」
「ネロ君の?」
ネロ君のほうを見る。
彼は頷く。
「ボクの魔法で、王城と王宮にいる者たちに暗示をかけた。ボクは最初からお前の助手として迎え入れられた……というな」
「みんなの記憶を操作したの?」
「それほど大層なことはしていない。噂と変わらないものを広めただけだ。効果自体はさほど強力ではないが、今回の例は上手く働く」
ネロ君は言う。
人々も噂を信じていたわけではない。
なぜなら私と殿下の間に隠し子がいたという噂は、まず間違いなく真実ではないからだ。
年齢が合わなすぎる。
ネロ君の外見年齢から逆算して、私や殿下が幼いころに子供を産んだことになる。
人間の構造上ありえないことだ。
つまり、噂は広まりつつも、人々の心にはありえないだろうという確信があった。
「ならばそれを後押しすればいいだけだ。これで噂は消える」
「ただし噂だけだ。君の周りを嗅ぎまわる動きまでは抑制できないから、そこは引き続きネロに頼んである。本来なら護衛を付けたいところだが……」
「下手な護衛はかえって邪魔になる。ボク一人いれば事足りる」
「というわけでネロに任せた。よっぽど大丈夫だとは思うけど、不安があったらすぐ俺に言ってくれ」「はい。ありがとうございます」
殿下もネロ君も、私の安全を気遣ってくれている。
守られることへの申し訳なさは感じるけど、それ以上に嬉しかった。
三人ともいつの間にか食事が終わる。
せっかく殿下といられる時間も、あっという間に過ぎてしまう。
「ボクは先に部屋に戻っている」
唐突にネロ君が席を立ち、食堂から立ち去ろうとする。
彼はピタリと立ち止まり、背を向けたまま。
「そうだ。一ついいことを教えておこう。この部屋は今、ボクの結界に守られている。世界で一番安全な場所だ。外に音は漏れない。何を話していようと聞かれる心配はないぞ」
と言い残し、部屋を出て行く。
残された私たちは互いに顔を見合わせ、くすりと笑顔が漏れる。
「よく気づくよな、ネロは」
「優しいからですよ」
「かもしれないな。おかげで二人きりになれた」
「はい」
ネロ君が私たちに気を使ってくれた。
最近忙しくて、こうして二人きりでゆっくり語らう時間が取れなかったから、嬉しい。
「今日は休みなんだろ?」
「はい。お休みをいただいています」
「そうか。できれば一緒に過ごしたかったが……」
私は首を横に振る。
「こうしてお話しできるだけで、私はとても幸せです」
「フレア……」
私が好きになったのは一国の王子様だ。
これは普通の恋じゃない。
会えないことも多く、触れあえる時間は限られている。
だからこそ、このわずかなひと時が特別で、心地いいんだ。
「今度、時間を合わせて休日を二人で過ごそう。その時までには君の不安を取り除く」
「殿下……それなら私も、早くお仕事を終らせますね」
「無理するなよ」
「殿下も」
二人で過ごす時間をもっと引き延ばせるなら、私はちょっとくらい無理をしても構わないと思った。
きっと殿下も……。






