41.過去のお話
想いは言葉にしてこそ伝わる。
過去から現代に蘇った偉大な魔法使いの助言が、私たちの心をつなげてくれた。
言われなければ、自分の気持ちにも気づけなかった。
言葉にしなければ、すれ違ったまま離ればなれになっていたかもしれない。
そうならなかったのは全部、彼のおかげだ。
「ありがとうございました。ネロさん」
「今さら畏まるな。堅苦しいのは苦手なんだ」
「えっと、じゃあ、ネロ君のままでいいの……かな?」
彼はこくりと頷く。
「それで構わない。周囲の者からすれば、お前が俺に畏まっていることのほうが不自然だ」
「それもそうですね」
周りから見たら、私のほうが年上でネロ君は子供だ。
実際の中身は、長い長い眠りから目覚めた魔法使いなのだけど。
みんなはそのことを知らない。
「ネロ君のことは、他のみんなには内緒のままでいいの?」
「そうしてもらえると助かる。ボクも悪目立ちはしたくない」
「わかった。ネロ君がそう言うなら」
彼が望まないことは私もしたくない。
この話を知っているのは、私たちを除けば親衛隊の皆さんとリドリアさんだけだ。
信頼できる人たちには伝えていいとネロ君には言われている。
私が話した面々なら、彼の存在を無暗に広めたりしないはずだ。
少なくとも、王城内で広まっているような噂にはならないだろう。
「あの噂……なんとかならないのかなぁ」
「ボクがお前たちの子供だという話か? 面白い話ではあると思うが、お前は不服なのか?」
「だ、だってまだ私、子供がいるような年齢じゃないし」
「母になるのに年齢はそこまで重要ではないぞ。それとも、あの男との子供はいらないのか?」
「そ、それはおいおい……考えます」
恥ずかしさに尻つぼみになる声量。
この場に殿下が残っていたら、いったいどんな表情をしただろうか。
私みたいに顔を赤くして照れたりするのかな?
そういう殿下も見てみたい。
「まぁ心配はいらない。その点に関してはすぐ解決する」
「え、どういうこと?」
「ボクの考えをあいつには伝えてある。早ければ明日にでも手は打つだろう。ボクが協力するんだ。失敗することはありえない」
「そうなんだ?」
よくわからないけど、ネロ君と殿下で対策を練ってくれているみたいだ。
私にできることは思い浮かばないし、一先ず二人に任せておこう。
さて、今日も今日とてお仕事の時間だ。
「王宮に行こう」
「了解した」
私とネロ君は王宮に向かう。
地下にある魔導機関の管理をするために。
この仕事だけは、お休みの日以外は毎日欠かさず続けなければいけない。
王国の人々の生活を支える重要な役割だから。
明日は休みだから、今日は特に念入りにチェックしないと。
「しかしすごいな。魔導の技術はここまで進歩したのか」
ネロ君が顎に手をあてニコニコしながら魔導機関を眺めていた。
ふと疑問が浮かぶ。
彼が生きていた時代にはどんな魔導具があったのか、と。
「ネロ君がいた時代にはなかったの?」
「大規模な魔導装置は存在した。が、これほど小さくまとめられてはいなかったぞ」
「昔はもっと大きかったんだ」
「これと同じ効果を持続するなら……そうだな。今の七倍の大きさにはなっていただろう」
七倍……。
想像するだけでも、一台だけでこの部屋に収まりきらない大きさだ。
魔導具技術も年々進化している。
一番わかりやすい変化は魔導具の大きさだ。
同じ効果でもより小さく、手軽な大きさへと変化した。
余分なパーツは削除され、刻まれる魔法も簡略化されていった。
「何より驚きなのは、魔導具を生活の一部に昇華していることだ」
「昔は違ったの?」
「違った。魔導具も魔法も、戦うための手段に過ぎなかった。魔法使いも含めて、戦争の道具だよ」
「戦争……」
ネロ君が生きていた時代は、今より過酷だったのだろう。
今、この国はとても平和だ。
小さな歪、いざこざはあるみたいだけど……。
戦争で多くの命を散らすようなことは起きていない。
それだけで十分、この国は平和だと言える。
「もし、お前がボクと同じ時代に生まれていたら、まず間違いなく国同士で奪い合いが始まっただろうな。優れた魔導具師の存在は、一国の武力を大きく左右する」
「そ、想像したくないなぁ……休ませてもらえなさそうだね」
「無論、どこにいようと休みはない。死ぬまで働かさせる」
私がごくりと息を飲む。
そうなったら、王宮で働いていた頃より過酷な日々を過ごすことになりそうだ。
つくづく……。
「この時代に生まれてよかったな」
「うん。それに……」
殿下と巡り合えたことは何よりの幸運だった。
ネロ君の話を聞いて、私は改めて奇跡的な出会いに感謝した。
「だが、平和だからといって安心はしないほうがいい。いつの世も、争いが完全に消えることはない。お前の力の有用さに気づけば、争ってでも手に入れようとする者が現れる」
「そ、そうかな?」
私にそこまでの価値があるとは、正直自分じゃ思えないけど。
「お前のことを嗅ぎまわっていた奴らにしてもそうだ。せめてボクの目の届く範囲にいろ。でなければ守れない」
「ありがとう、ネロ君。でもネロ君も無理しないでね?」
「ふっ、ボクの身体はゴーレムだ。疲れなんて感じないぞ」
「それでも、私のせいで傷つくのは嫌だから」
たとえ作られた身体だとしても。
その身体に宿っているのは、彼という本物の命なのだから。
「……ボクを人として扱うか。面白い奴だな。ボクが本当に人間なら、このまま攫ってしまいたいと思ったところだが」
「それは、困るよ」
「無理だろうな。あの男が黙っていない」
「そうだと嬉しいなぁ」






