40.想いは言葉に
5/10 双葉社Mノベルfより発売!
「なんでパパとかママなんて呼んだんだ?」
「あれはノリだ。無垢な少年を演じたほうが、お前たちが接しやすいだろうと思ったんだが……逆効果だったようだな」
「おかげでこっちは変な噂が立ってるよ。俺はともかく、フレアに迷惑はかけないでくれ」
「わかっている。だからボク自らが動いて対処した」
「昨夜の件か」
私を監視していた者がいたことを殿下には伝えてある。
殿下曰く、他国の間者で間違いなさそうだと。
最近に限った話ではなく、内部に他国のスパイがいることはわかっていたそうだ。
「陰であぶり出しをしていたんだが……どこの国の奴らだったんだ?」
「さぁな。聞いても答えなかった。面倒だから街の外に転移させたが、手ぬるかったらしい。幾度も再接近してくる。まったくしつこい連中だ。お前の弱みがよほどほしいのか? 大人気ではないか」
「からかわないでくれ。敵が多いことを嬉しいなんて思えない。むしろ、この件でフレアに迷惑をかけて本当に申し訳ないと思っている」
「殿下のせいじゃありません。私は平気ですから」
「……いや、本当にすまない」
何度も謝る殿下を見て、私のほうこそ申し訳なく思ってしまう。
私のことで頭を悩ませるなんて。
「……よくないのかもしれないな。こうして君と会うのも」
「え……」
「俺と距離が近いせいで、面倒なことに巻き込んでしまっている。君の安全のためにも、これからは適度な距離感で接するべき……なのかな」
「……」
そんな気にしなくていいのに。
と、口にしようとした言葉をぐっと飲みこむ。
殿下の表情を見ればわかる。
心から私を心配して、悩みながら提案してくれていることが。
それが私には嬉しくて、とても悲しかった。
隣で小さなため息が聞こえる。
「では、この女はボクが貰っても構わないな?」
「ネロ?」
「どういう意味だ?」
「この女には利用価値がある。これほど優れた才能をもつ魔導具師は、ボクが生きた時代にもいなかった。この女がいれば、ボクの目的も達成できる」
突然何を?
ネロの目的は呪いから解放されて生きることじゃないの?
昨日はそう話していた。
はずだった。
「目的?」
「そうだ。ボクの目的は、この世界をボクの物にすることだからな」
「な……正気か? そんなこと――」
「できるさ。ボクならね」
一瞬で空気が冷たくなる。
殿下がネロを鋭い視線で睨んでいる。
こんな表情、見たことがない。
「ボクは大魔法使いだ。死なない肉体を手に入れた今ならなんでもできる。手始めに、この国を乗っ取ろうか」
「ネ、ネロ?」
どういうつもり?
そう言いかけて、止まる。
ネロの視線からは、私に対する悪意も敵意も感じない。
一瞬で理解した。
これは本心じゃなくて、演技だと。
「そのために彼女を利用する気か!」
「そう言っている」
殿下は気づいていない。
怒りに満ちた表情でネロと向かい合う。
すでに立ち上がり、剣を抜く姿勢をとっていた。
「なら、俺がお前を斬る。彼女に手は出させない」
「ほう、お前がボクを? 思いあがるな」
「――!!」
空気が重い、重すぎる。
まるで全身を巨大な手に押さえつけられているように。
動かない。
私も、殿下も動けない。
「なんだ……身体が……魔法か?」
「いいや、ただの魔力だ。お前たちが動けないのは、ボクの魔力の圧に怯えているからにすぎん」
「そんなことが……」
「力の差が大きすぎればこうなる。本能が理解しているんだよ。お前じゃ、ボクには勝てないと。挑めば殺されると」
恐怖で足がすくむことがある。
今、それが全身で起こっていた。
「ぐ……」
「あきらめろ。ボクを起こしてくれた礼だ。お前は殺さないでおいてやる」
「……誰が、諦めるか」
「ほう、抜くか」
殿下は剣を抜いた。
死を覚悟して。
「なぜそこまでする?」
「彼女を……守るために」
「なぜだ? この女は他人だろう? お前は赤の他人に命をかけられるのか?」
「……ただの、他人じゃないぞ」
震えながら殿下は剣を強く握る。
恐怖を押しのけ、想いを高ぶらせて、笑みを浮かべながら。
「彼女は俺の命の恩人で……大切な人で、幸せになるべき人間だ」
「それでも他人だ」
「今はそうかもしれないけどな! いずれ……他人じゃなくなる。なくしてみせる!」
それは紛れもない殿下の想い。
彼の、私に対する感情の発露だった。
「俺は彼女を守る。彼女が……好きだからな」
「殿下……」
殿下が私のことを……。
「ふ、はっはっはっはっ! ようやく口にしたか」
「は……?」
重たい魔力の圧が消える。
拍子抜けしたように、殿下も剣を下ろす。
「冗談だ。そんな大それた目的などない。ボクはただ、未来の世界を生きたかっただけだ」
「だ、だったらさっきのは……?」
「からかっているだけだ。お前がいつまでも格好つけて、この娘を悲しませていたからな。断っておくが、お前が勝手に本音を漏らしただけだ。ボクからは伝えていないぞ」
ボクから言うことはない。
その約束は、確かに破っていないけど……。
「ネロ……」
「一つ、礼だ」
わざと、殿下の気持ちを私に聞かせるために。
「してやられたな」
「ふっ、一つ教えておいてやろう。想いは抱いているだけでは伝わらない。伝えずにいれば、いずれ必ず後悔するぞ? 年長者としての助言だ」
「……その姿で言われると、なんだか屈辱だよ」
「恥など捨ててしまえ、惚れた女の前では特に、な」
殿下は一言、そうだなといい笑った。
そして、私と顔を合わせる。
「今のが俺の本心だ。俺は、君が好きだ」
「殿下……私も――」
「その先は言わなくていい」
「え?」
答えを止められた私に、殿下は微笑み語る。
「今はまだ、いろいろなしがらみがあって叶わない。でも近い将来、必ず改めて告げる。その時にこそ、君の答えを聞かせてほしい」
「殿下……」
「格好つけだな」
「惚れた女の前だからな。それに、俺はこれでも王子だ。未来を考えて、今できる最善を尽くす。待たせることになるが」
「――それでもいいです」
私はもう、十分に幸せだ。
「ありがとう。待っていてくれ」
「はい。待っています。いつまでも」
殿下と共に歩む未来を夢想する。
輝かしく、幸せな光景を。
いずれ手に入る最高の時間を。
今から待ち遠しい。
これにて第二章完結です!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
楽しんでいただけたでしょうか?
ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。
現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れてください。
よろしくお願いします!!






