39.古の魔法使い
私は彼を訝しむ。
腰に手を当て大きくため息をこぼす彼は、私と視線を合わせて呟く。
「そうか。見てしまったのか」
「……」
「そう怯えるな。ボクはお前の敵じゃない」
「あなたは……」
誰なの?
二度目の問いかけは心の中に留めた。
彼の口が動く。
その動きに、発せられる声に集中する。
ずっと疑問に感じていた。
その答えが今、聞こえようとしている。
「ボクはネロだ。その名に偽りはない。偽ったことがあるとすれば、マスターの存在だ」
「マスター……あなたを作ったっていう……」
「ボクにマスターなどいない。ボクを作ったのはボクだ」
「え……?」
理解できずに首を傾げる。
彼はニヤっと笑みを浮かべて続ける。
「正確には、生前のボクだ。この肉体は、ボクの細胞を元に作られた人造人体なのさ」
「人造……人間の身体を、人の手で生み出したということ?」
「その通りだ。理解が早いな」
「そ、そんなこと……」
できるの?
人が子を産むように、人の手で人間の肉体を生み出すなんて。
少なくとも私は考えたこともない。
「普通は無理だが、元となる肉体があれば別だ。ボクはボクの肉体を元にして、この身体を製造した。人間という枠を超え、はるか未来の世界を見るために。そして叶った。お前のおかげで」
「私の……?」
ネロは服をたくし上げ、胸元のコアを見せつける。
その輝きこそ、彼をゴーレムだと証明するもの。
「肉体を生み出すことには成功したボクだが、どうしてもコアだけは作れなかった。ボクには魔導具師の才能が希薄だった。ただのゴーレム程度なら作れたけどね。知り合いにも人間に近いゴーレムのコアなど、絵空事だと笑われてしまったよ。だがボクは信じた。必ず成し遂げる者が現れると、そのために……」
「ダンジョンで眠っていた?」
「そうだ。待っていたんだよ、ボクは。お前のような真の天才が、ボクを深い眠りから目覚めさせてくれる未来を!」
ネロは歓喜する。
静かな王城の庭に、彼の声が響く。
「改めて自己紹介をしよう。ボクの名はネロ・クラウディウス! かつて大魔法使いと呼ばれた男だ」
「ネロ……クラウディウス……」
私はその名前を知っていた。
かつてこの国の原型となった世界最大の大国ローマニア。
その五代国王の名が、ネロ・クラウディウス。
彼は当代最高の魔法使いであり、あらゆる魔法を極めし賢者と称されていた。
「王様の名前……」
「ん、そうか。ボクの名はちゃんと後世にも残ったか。いいことだ」
「ほ、本当にあなたは……」
「信じられないか? まぁそれでもいい。子供の妄言と思っても構わん。が、お前ならわかるだろう? ボクがこうして動いていることが何よりの証拠だと」
彼は自分の胸に手を当てて堂々とそう宣言した。
そう、わかる。
だっておかしいから。
私が作ったコアだけじゃ、彼がここまで自由に行動できるはずがない。
ずっと思っていたよ。
まるで、誰かの魂が肉体に宿っていたかのようだと。
「……どうして、わざわざこんなことをしたんですか?」
「言っただろう? 未来の世界を見るためだ」
「そのためだけに、自分の命を……ゴーレムに変えたんですか?」
だとしたら、まともな精神じゃない。
ぞっとする。
「ふっ、どうせ放っておいても長くは生きられなかったからな」
「え?」
「呪いだ。それも強力な……発動者が死ぬことで完全となる呪い。一度受ければ解呪はできん。このボクでも……だ」
ここでも呪いという単語を聞くなんて。
彼も呪われていたのか。
そして、死期を悟って自らの肉体をゴーレムに変えた。
生きるために?
だとしたら、正気じゃないと思ったことを反省しないと。
「えっと、さっきの人たちは?」
「お前のことを遠目から覗いていた不埒な男だ。お前が感じていた視線はこいつらのせいだったんだよ」
「やっぱり気のせいじゃなかったんだ……」
「大方どこぞの国の間者だろう。王子の弱みでも握ろうとしたか。お前も災難だったな。いや、惚れてしまっているのでは仕方がないか」
私はビクッと身体を震わせる。
「え、え?」
「なんだ? あの王子に惚れているのだろう?」
「な、なんで……」
「見ていればわかる。伊達に長生きをしていない。人生経験はお前たちより何倍も上だぞ」
見透かされていた。
この少年……じゃなくて、古を生きた魔法使いに。
私は急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
彼の正体とか、目的とか、いろいろどうでもよくなるくらいに。
「安心しろ。ボクの口から言うことはない」
「……は、はい」
「今のボクはお前のおかげで蘇った。ゆえにお前を守護する者となろう。お前が死ぬか、ボクが不要になるまではな。その代わりボクの正体は秘密にしておいてくれ。あ、いや、信頼できる者には共有してもいいぞ。例えば、あの王子とかな」
「そ……そのつもりです」
こんなの一人で抱え込める秘密じゃない。
いろんな意味でドキドキしながら夜が過ぎていく。
◇◇◇
翌日。
「……と、いうわけで……」
「改めてよろしくな。現代の王子」
「……嘘だろ? この子供の中身が、大昔の大魔法使いで、元国王?」
「らしいです」
研究室でネロと共に、彼の秘密を殿下に伝えた。
案の定、殿下は酷く驚いていた。
「……はぁ、信じられないけど、フレアがそう言うなら信じよう」
「ほう、この女の言葉は信じるか」
「信頼しているからな」
「なるほど。いい関係だな……少々物足りないが」
「どういう意味だ?」
「こちらの話だ」
二人は淡々と会話を進める。
あっという間に状況を飲み込んで受け入れた殿下を、私はひそかに凄いと尊敬した。
私なんてまだ驚きが抜けないのに。






