37.視線
「聞いたか?」
「あの噂か? あんなのただの噂だろ?」
「でも不自然じゃないか? いきなりだぜ」
「だからって安直すぎるだろ」
王城を守る騎士たちが会話する。
彼らの間では、最近になって語られる一つの噂があった。
それは大きな声で話せば不遜であり、誰も堂々と尋ねることはない。
「殿下に隠し子がねぇ……」
「相手は宮廷から引っ張ってきた魔導具師だっていうじゃないか。実際ありえない話じゃないと思うぞ? 殿下も急に王城へ引き込んだ女性だ」
「確かにそういわれると……」
「それに見たんだよ俺。その子供と二人が一緒に歩いていて、パパ、ママって呼ばれてるの」
小さな声で囁かれる噂。
しかし興味深い内容のため、瞬く間に王城の外へも広がった。
宮廷でも同様の噂が広まりつつある。
「でもそれにしては子供が大きいんだよ。たぶん十四歳前後じゃないかな」
「だったらありえないだろ。殿下の年齢的に考えても。相手の魔導具師だってまだ若いんだろ?」
「そうなんだよなぁ……」
現実問題、そんなことありえないという否定要素も強い。
だからこそ噂は広まった。
わからないから、いろいろな憶測を交えて。
「殿下はお優しいし、聞いたら答えてくれたり……しないかな?」
「その勇気があるならな」
「……やめておこう」
「ああ」
◇◇◇
「――と、いう感じで、俺たちに子供がいるって噂が広まってるみたいだ」
「そ、そうなんですね」
私は苦笑い。
この年で子持ちだと囁かれていることに。
その相手が、あろうことか殿下だと思われていることに。
「す、すみません殿下。私のせいで殿下にもご迷惑をおかけして」
「謝らないでくれ。むしろ俺のほうが謝るべきだ。こんなことになるなら、素直にネロの正体を公表するべきだったな」
「いえ、それについては私は同意見でした」
ネロの正体については公表しない。
というのが、私たちの間で出した結論だった。
自立型ゴーレムというだけで注目を浴びる。
しかし彼はそれ以上に人間らしかった。
容姿も立ち振る舞いも、思考までも。
まるで生きた人間を作り出したかのような……素直に公表すれば、反響以上の混乱が起こる。
そして多くの者たちが、ネロを手に入れようと動き出す。
闇市場の実態を知っている殿下だからこそ、そういう未来を鮮明に想像できたのだと思う。
私も殿下の意見に同意して、ネロの素性については隠したままにしてある。
少なくとも今は公表しない。
「でもそれが仇になったな。拾い子ってことにしたつもりだったんだが……」
「噂ですからね。面白く語られるのは仕方ありません」
「そうだな。落ち着くのを待つか」
「はい」
噂は所詮噂でしかない。
いずれみんな飽きたら語られなくなる。
それまでゆっくり待つことにした。
幸いなことに……。
「ママ! こっちに材料は置いておきますね」
「うん。ありがとう、ネロ」
「これくらい平気です! ボクは力持ちですから!」
当の本人はすごく元気だ。
彼が目覚めて二週間余り。
特に不具合もなく日々を送っている。
今は私の部屋で一緒に寝泊まりして、昼間は私の仕事を手伝ってもらっている。
リドリアさんは私がゴーレムを作っていることを知っていたし、信頼しているから事情も説明した。
それから親衛隊の人たちも。
少ないながら理解者に囲まれ、ネロは人間らしい日々を過ごしている。
「食事も睡眠もとって、走って笑って考えて……つくづくゴーレムとは思えないな」
「そうですね」
胸のコアさえ見なければ、誰も彼をゴーレムだなんて思わない。
元気で明るい少年だと思うだけだ。
性格も素直だし、私たちの言うことをしっかり聞いてくれる。
手際もいいから仕事効率も上がった。
何もかも順調で、怖いくらいに馴染んでいる。
ただ……いくつか疑問はあった。
彼は私が作ったコアで動いている。
ゴーレムの行動は、コアに付与されえた命令数によって変化するものだ。
私は自立型として機能するように、五十七の命令を入れてある。
とはいっても、ここまで自由意思をもって行動することはできないはずなんだ。
彼はどうして、こんなにも人間らしく動けるのか。
千年以上前……彼を作ったマスターという人物は、なんのためにネロを作り上げたのか。
いつか解明したいと思っている。
「そろそろ俺は戻るよ。まだ仕事が残っているからね」
「はい」
「パパ行っちゃうんですか?」
「ああ、これでも王子だからね。また夕方くらいに顔を出すよ」
殿下はネロの頭を撫でて研究室を出ていった。
ひと段落ついて、殿下から聞いた噂を頭の中で連想する。
「殿下と私の子供……」
そんな噂が立っていたんだ。
だからなのかな?
最近なんだか、いつも誰かに見られているような気がするのは……。
正直あまり心地いい視線じゃない。
でもそれが理由なら、しばらく待っていれば噂と一緒になくなるはずだ。
それなら我慢しよう。
「ママ! 次は何をすればいいですか!」
「そうだね。じゃあこっちの作業を手伝ってもらえるかな?」
「はい!」
今はこの子も一緒にいる。
一人で研究室にいるよりずっと賑やかで楽しい。
嫌な視線も、仕事をしているときは気にならない。
そう思っていたから、私は殿下に相談しない。
でも……この日からさらに視線を感じる様になっていく。






