36.子供ができちゃった?
「パパ、ママ、おはようございます」
「「……」」
目を覚ました少年は、私たちを見てパパ、ママと言った。
私たちは隣で顔を見合わせる。
どう反応していいのかわからず、しばらく無言。
すると少年は不安そうな顔をして。
「パパ……? ママ?」
「あ、ああ、おはよう」
「おはよう」
泣き出しそうだったので、私と殿下は咄嗟に返事をしてしまった。
この時に違うよ、と否定するべきだったのだろうか。
少年は私たちを両親と勘違いしている?
もしかして、自分がゴーレムであることを自覚していないのかな?
自律型のゴーレムは、どの段階で自身のことを理解するのだろう。
悩んでいる私の隣で、殿下が少年に尋ねる。
「君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「はい! ボクはネロです! パパ」
「ネロか。いい名前だね。どうして俺たちをパパとママって呼ぶんだ?」
名前を尋ねた流れで、殿下は私が聞きたかったことを質問してくれた。
私は考えるのを中断して、ネロと名乗った少年の答えに耳を傾ける。
「お二人がボクを目覚めさせてくれたんですよね?」
「そうだな。俺は見届けていただけだけど、君が目覚めたのは彼女のおかげだよ」
そう言って殿下は視線を私に向ける。
少年とも目が合う。
透き通るようなマリンブルーの瞳は、見ているだけで吸い込まれそうで。
なんだか不思議な気分にさせられる。
私の心の奥底まで覗かれているような。
ネロはニコリと微笑む。
「人間の子供は生みの親をそう呼びます。だからボクもそうします」
人間の子供は……。
今の発言でわかった。
この少年は、自分が人間ではないことを理解している。
理解した上で私たちと会話している。
ただ一点、訂正しておこう。
「私は君のコアを作っただけだから、生みの親っていうのはちょっと違うかもしれないね」
「え……ママ、じゃないんですか?」
突然ネロは瞳を潤ませる。
親を見失って泣き始める子供のように。
私は慌てて両手をぶんぶんと振って否定する。
「ち、違わない! 私が生みの親で間違いないよ」
「よかった。じゃあママはママなんですね」
「そ、そうだね。私はママ……だよ」
私は心の中で溜息をこぼす。
こういう時、しっかり否定できない自分が憎い。
私の肩をポンと殿下が叩く。
「今はこれでいい。それより、彼にいろいろ質問したらどうだ?」
「殿下……そうですね」
せっかく目覚めたんだ。
私も知りたいことがたくさんある。
私は一度深呼吸をして、ネロに尋ねる。
「ネロ、君はずっと眠っていたんだよね?」
「はい!」
「いつから眠っていたか覚えている?」
「今から千四百年ほど前です」
千四百年……?
なんとなく連想していた数字の五倍は多い。
それだけ前だと、この国だって誕生していない。
「ダンジョンで眠っていたのは覚えてる?」
「直接は覚えてないです。でも、きっとマスターがボクを眠らせてくれました」
「マスター? もしかして、君を作った人?」
「そうです。ボクの身体はマスターが作ってくれました」
ネロは明るい表情と口調では話す。
千年以上昔に彼を作り出したマスターさんに、私は興味がある。
どうやって彼を作ったのか。
なぜコアだけがなかったのか。
ダンジョンに保管されていた理由も……。
その後もネロに質問したけど、あまり情報は得られなかった。
どうやら眠る前の記憶が曖昧になっているらしい。
長年眠っていた影響で、記憶領域が劣化しているのかもしれない。
人間だって歳をとれば記憶力が落ちていく。
自律型ゴーレムは、そういう部分も人間らしくなっているのか。
ますます興味深い。
「パパ! ママ! ボクお腹すきました」
「え……空腹になるのか?」
「はい! ボクの身体は人間と変わらないので食事もとれます」
「そう……なのか?」
殿下は答えを求める様に私へ視線を向けた。
実のところ私も彼の身体については把握しきれていない。
外観的な特徴と、ちょっとした検査だけはした。
けれど正確な内部構造はわからない。
テキトーに手を出したら壊してしまいそうだったから、下手に触れなかったんだ。
「食べたものはどうなるの? 人間みたいに排泄されるの?」
「いえ、すべて消化されます。消化されたエネルギーは魔力として貯蓄されます」
「そんな機能があるんだね」
未知の技術過ぎて驚きが止まらない。
人間らしいのは外観だけじゃなくて、中身まで近づいている。
どういう技術をしているのか。
千年前の世界に行けるなら今すぐ行って確かめたい。
興味と疑問で頭がいっぱいになった私は、しばらく考え込んでいた。
そんな私の服の裾をネロが引っ張る。
「ママ、何か食べたいです」
この小動物みたいな……物欲しそうな眼。
誰かの親になったことのない私でも、母性本能が擽られる。
「で、殿下」
「そうだな。食事の用意をしよう」
「わーい!」
無邪気に喜ぶ姿は本物の少年のようで。
私と殿下はほっこりさせられる。
子供を持つ親の気持ちを今から体感しているみたいだ。
「パパ! ママ! 二人のお名前を教えてください!」
「私はフレア。ここで働く魔導具師だよ」
「俺はユリウス。この国の王子だ」
こうして自律型ゴーレムネロとの新しい生活が始まった。
この出会いが、運命が、後に大きな波乱を呼ぶことを私たちは知らない。
 






