35.生命の回帰
ダンジョン調査から二日後。
私は王城にある自分の研究室でゴーレムのコアと向き合う。
その傍らには、今にも動き出しそうな少年が眠っている。
しかし動かない。
彼は人間ではなく、作り物。
ゴーレムの外殻。
言い方を変えれば、抜け殻のようなものだ。
「フレアがやりたいことってゴーレム作りだったんだな」
「はい」
研究室には殿下も一緒にいる。
殿下にはすでに事情を説明した。
「前所長の置き土産……か。よく取り組もうと思ったな。言い方は悪いが、彼女にはいろいろと思うところがあっただろ? 捨ててしまってもよかったのに」
「魔導具に罪はありませんから。それに、私が見てみたかったんです」
自立型ゴーレムの完成は、多くの魔導具師が目標にしている。
未だ誰も到達していない境地だ。
私はそこにたどり着いてみたい。
そこから見える景色を、どんな色をしているのか知りたい。
好奇心が私を突き動かす。
この一か月、ひたすらゴーレムと向き合った。
もはや前所長のことは関係ない。
ただ、私がやりたいからやっている。
「ずっと探していたんです。このコアに見合うだけの器を」
「それがこいつか」
「はい。見たことがないほど精巧な器です」
どこから見ても人間にしか見えない。
しかしこれは作り物、触れれば柔らかさはあっても熱はない。
人間にしか見えないけど、どこか人間味が感じられない。
死体とも違う。
初めから生命が感じられない。
というより、抜けているみたいに感じる。
まるで――
「肉体から魂だけが抜け落ちた状態みたいですね」
「魂か。意外だな。君はそういう概念を信じているのか?」
「信じてはいませんでした。この器を見るまでは」
もしも私から魂が抜ければ、今の彼と同じ状態になるんじゃないか。
そう思えてくるほど、この少年は異質だった。
「殿下、この子を譲ってくれてありがとうございます」
「別にいいさ。王国で保管しても誰も手を出せない代物だろうし、君が可能性を見出したなら、これは君が持つべきだ。他のみんなもそう言っていただろう?」
ダンジョン調査の最後を思い出す。
この少年を見つけた時、ゴーレムの器になると知った時、私はすぐ殿下にお願いした。
◇◇◇
「この子を私に頂けませんか!」
「……フレア?」
思わず口にした言葉は引っ込められない。
口を塞いでも、すでに声となって殿下の耳に聞こえている。
「す、すみません。つい……」
「いや別に構わないよ。もとより魔導具関連の物品は、一度宮廷に持ち帰って調査する予定だったからね。君にもその権利がある」
「そうだぜ~ つーかボスを楽に倒せたのもフレアの機転のおかげだしな。報酬として受け取ってもいいと思うんだよな」
「報酬か。それもありだな」
殿下を含むみんなが、私の我がままを肯定してくれた。
私はそれが嬉しくて、胸の奥がほっこりする。
「ありがとうございます」
◇◇◇
「そのコアは完成しているのか?」
「いえ、まだ未完成です」
「どのくらいかかる?」
「そうですね……最短でも一月はかかります」
工程を重ねるごとに定着の時間が増える。
毎日かかさず取り掛かったとしても、徐々に何もできない時間が増える。
「一月か。じゃあ気長に待つとしよう。俺も完成を見てみたい。君がやりたいと思った物が、その結果を見届けたい」
「私も、殿下に一番に見てほしいと思っていました」
「光栄だな。だったら、その時になったら真っ先に声をかけてくれ」
「はい!」
殿下も期待してくれている。
いっそうやる気に満ちて、私はゴーレムのコアを仕上げる作業に没頭した。
最初のうちは一日二工程までやれたけど、三十五工程を過ぎたあたりで限界が来て、一日一工程で終わるようになった。
その後も付与の難易度は上がっていく。
一回一回の時間は短いけど、集中は何倍も必要になっていく。
私は少しでも効率よく作業ができるように、普段から命令の魔法化とその付与の練習をした。
大変な作業だし、一度でも失敗すれば終わりという状況に、ストレスで胃が痛くなることもあった。
だけど、それ以上に楽しかった。
何かに全力で取り組める喜びは、私にとって何にも代えがたい財産だった。
そして一月が経過する。
「これで最後の工程が終わりました」
殿下の目の前で、コアの付与を終らせた。
全五十七工程。
自律型ゴーレムとして十分と言える命令数を書き込み、魔力の永久循環も問題なく機能している。
おそらくあと一工程でも増やせばコアが負荷に耐え切れず爆発していただろう。
見極めが特に大事だったけど上手くいった。
ホッと胸を撫でおろす私に、殿下が激励の言葉をくれる。
「よくやり遂げたな。リドリア室長が言っていたぞ? これほどのコアを作れるのは、世界でも君一人だけだろうとね」
「そんな、私なんてまだまだです」
「こういう時は謙遜せず素直に喜べばいい。君は誰にもできなかったことをやり遂げたんだ」
「殿下……」
誰にもできなかったことを……私が。
そう言われて、完成したコアをぎゅっと握る。
私の手の熱が加わってほんのり温かい。
「仕上げをします」
「ああ」
私たちは眠っている少年へと歩み寄る。
服をたくし上げ、ぽっかりとあいた右胸を確認する。
ここにはめ込めば、コアが肉体と接続されるはずだ。
肉体とコアがしっかり結びつけば起動する。
もし失敗すれば、このコアでは不十分だったということになる。
今の私にはこれが限界だ。
どうか動いてほしい。
目を開けて――
「お願いします」
私は祈るようにコアをはめ込んだ。
光が放たれる。
生成された魔力が高速で空っぽの器を駆け巡る。
血の通っていない人間味のなかった肉体が、ほんのり赤みを帯びる。
ゴーレムが起動する。
いいや、人が蘇ったように。
少年は瞼を開ける。
「……」
「目を開けたぞ!」
「はい!」
成功だ。
コアと肉体は接続された。
これで自立型ゴーレムが完成――
「パパ……ママ?」
「「……え?」」
少年が初めて発した一言に、私たちは言葉を失った。
 






