32.魔導具って便利でしょ?
私たちはダンジョンの入り口にたどり着いた。
細長い棟の中央に、人間一人がちょうど入れる大きさの穴がある。
扉はなく、鍵もかかっていない。
誰でも簡単に中へ入れてしまう。
もっともここは海上だ。
普通、誰も近づかないし、見つけられない。
殿下の話によると、近海で仕事をしていた漁師が偶然発見し、変な建物があると報告があったことがきっかけだとか。
「行くぞ。お前ら」
「はい」
「うっす!」
「ええ」
親衛隊が先に中へと入る。
私と殿下はその後ろについていく。
中に入るとすぐに階段があった。
螺旋状になっていて、ずっと下まで続いている。
入り口から注ぐ太陽の光も届かなくなって、あっという間に真っ暗になった。
先頭を歩くダンさんが魔導具に明かりをつける。
ランタンの形状をした魔導具で、満タンまで魔力を補充すれば二日は照らし続けることができる。
大きいサイズを一つ、小さくて腰に装備できるサイズを人数分用意してある。
「ダン、奥は見えるか?」
「まだっすね。かなり深いっすよこれ」
「底についたら水の中……なんてことないでしょうね」
「今のところは水の音もしない。そうでないことを期待するしかないな」
警戒しながら階段を下っていく。
五分ほど歩き続けて、ようやく底が見えてきた。
水に浸かっているわけではないようでホッとする。
と同時に、どこまでも続く長い廊下が視界に入って、ごくりと息を呑んだ。
「今ならまだ引き返せるぞ?」
殿下が私に尋ねる。
私は首をぶんぶんと横に振る。
「大丈夫です」
不安はある。
けど、恐怖はなかった。
私たちは廊下を歩く。
長い廊下をひたすらまっすぐに……と思ったらいきなり十字の別れ道に差し掛かる。
「ダン」
「了解っす。皆さんちょっと耳を塞いでてくださいっすよ!」
言われた通りにみんなが耳を手でふさぐ。
よくわからなかったけど、私も同じようにした。
ダンさんが大きく息を吸う。
「わぁ!」
いきなり大声で叫んだ。
人に出せるの?
というくらい大声が響き、鼓膜が破れそうになる。
「な、なんですか今の」
「見てればわかるよ」
ダンさんは静かに耳を澄ましている。
そして右の道をさす。
「こっちが正解っすね」
「え、なんでわかるんですか?」
「音だ。彼は耳が人一倍よくてね? 極々小さな音も聞き分けられる」
「反響する音を聞けば大体の構造はわかるっすよ!」
音の跳ね返りで奥へ続いている道を調べた?
そんなことが人間にできるの?
ビックリ人間過ぎて私は言葉を失った。
彼が示した道順を、みんなは疑うことなく進んでいく。
実際行き止まりに差し掛かることもなく、順調に先へ進めている。
だけど、ここはダンジョン。
偉大な先人が残した遺産を保管する場所。
何も起こらないはずがない。
「おっ、なんか動いたな。警戒しろお前ら、来るぞ」
先頭を歩いていたダンさんが後退して、代わりにガルドさんが前に出る。
彼はすでに背中の大剣を抜いていた。
レストさんは槍を、イリスさんは杖を構える。
「ゴーレムか。ダンジョンらしい敵じゃねーかよ」
「感心してないで行きますよ」
「わーってるって。イリス、魔法準備しとけ」
「ええ」
出現したのは三体の巨兵。
廊下を上まで塞ぐ巨体が立ちふさがる。
ガルドさんが速攻で前に出る。
大剣を振り回し、ゴーレムの拳と衝突させる。
「はっ! 軽いパンチだなぁ!」
その隙をつき、レストさんが槍で関節を切断した。
「関節はもろいですね。ですがゴーレムはコアを破壊しない限り止まらない」
「イリス!」
「二人とも避けて」
イリスさんはすでに魔法の詠唱を終えていた。
前方に展開された魔法陣から放たれるのは、岩をも砕く稲妻。
「ボルテクス」
稲妻はゴーレムの心臓部、コアを正確に打ち抜き破壊した。
コアを破壊されたゴーレムは機能を停止する。
動かなくなった巨体は岩の塊でしかない。
残り二体。
「すごい……」
「言っただろ? 彼らは精鋭だ。まかせて大丈夫だろう」
これなら見ていて安心する。
残り二体も問題なく――
「後方から何かくるっす!」
「なに?」
私たちは振り返る。
暗い中に赤い目が二つ、四つと増えていく。
姿を見せたのは半魚人の怪物。
「サハギンっすね。別のルートにいたのが追ってきたみたいっす」
「魔物が住み着いていたか」
「みたいっすね。オイラが引き留めるっすよ」
ダンさんは右手にナイフ、左手に細い鉄の針を複数握る。
「戦うのあんまり得意じゃないっすけどね!」
そう言いながらも勇敢に向かっていく。
軽快な動きでサハギンを左右に揺さぶり、針を投げて目を潰し、ナイフでとどめを刺す。
しかし数が多く、何体かがこちらに迫る。
三人は未だゴーレムと戦っている。
私がなんとか――
「下がっていてくれ」
「殿下?」
殿下は腰の剣を抜く。
そして瞬く間にサハギンを切り裂き、剣を鞘に納めた。
「え……え?」
「さっすがだなぁ」
「ガルドさん!」
いつの間にか後ろに。
ゴーレムは三体とも倒したらしい。
「殿下は強いぜ。剣の腕なら王国でも一、二を争う」
「そんなに……」
「昔から身体を動かすのは好きだったからな。剣の修業をしてたらこうなった。どうだ? 中々様になってるだろ?」
「はい! とっても、格好よかったです」
心から出た賞賛の言葉。
殿下は嬉しそうに微笑む。
その笑顔は、私から不安を拭い去った。






