31.ダンジョン
一日後――
私は作成した魔導具を殿下たちに届けた。
殿下の執務室で一つ一つ見せながら説明を終える。
「以上です」
「さすがだな。この短期間で仕上げてきたか。普段の仕事もあったのに大変だっただろ?」
「いえ、このくらいは平気です」
「かー! すげぇな。さっすが殿下のお気に入りだぜ」
完成した魔導具をまじまじと見ながらガルドさんがそう言った。
お気に入り?
私が殿下の……お気に入り。
嬉しくてちょっぴり顔がニヤケてしまいそうだ。
レストさんとダンさんも、魔導具を手に取っていろいろな角度から確認している。
「これでダンジョンの調査に出発できますね」
「そうっすね! なんかこういう道具見てるとワクワクするっすよ」
「子供ね。あら? 今気づいたけど、一つ多くないかしら」
イリスさんが気づく。
注文されたのは殿下を含む五人分。
だけどテーブルの上には六人分の魔導具がセットで置かれている。
殿下が首を傾げて私に尋ねる。
「予備も作ってくれたのか?」
「いえ、それは私の分です」
「なるほど。フレアの分……え? 君の分!?」
殿下は目を丸くして驚いた。
そんなに驚かれるとは思っていなくて、私のほうがビックリする。
私は魔導具を手に、殿下にお願いする。
「殿下! 私も調査に同行します」
「同行って……わかってるのか? ダンジョンだぞ」
「わかっています。その上で同行したいんです」
「フレア……」
私は決意を胸に、真剣な眼差しで殿下に訴える。
殿下は困った顔をしていた。
私がこう言い出すと予想していなかったのだと思う。
殿下を困らせるなんて失礼だと自覚しながら、私は続けて言う。
「危険な場所だからこそ、何かがあったら魔導具が壊れるかもしれません。そうなったときに修繕できるのは私だけです。それに私は素材さえあればその場で魔導具が作れます」
自分が有用であることを示す。
私は騎士じゃない。
みんなのように戦う力は持っていない。
それでも同行すれば役には立つ。
私は殿下の魔導具師として、殿下の傍でやれることに最善を尽くしたい。
「いいんじゃねーの?」
「ガルド、いや、だが危険だぞ」
「それをわかった上で付いてくるって言ってんだ。相応の覚悟はしてる……だよな?」
「はい」
私は頷きハッキリと答えた。
ガルドさんはニコッと笑って言う。
「だったら問題ねーよ。実際バックアップはありがたいしよ」
「……」
「殿下、大切なのはわかるけどよ。つーか、そんな大事なら殿下が死ぬ気で守ればいいじゃん」
「……はぁ」
殿下は諦めたように豪快な溜息をこぼした。
腰に手をあて、優しく微笑む。
「わかったよ。君の意志を尊重する」
「ありがとうございます!」
「ただし! 絶対に無茶はしないこと。俺の傍から離れないことを約束してくれ。手が届く場所にいてくれないと、君を守れない」
「はい」
いつになく真剣な表情の殿下に、胸をうたれてドキッとする。
私に対する心配の声が、これほど嬉しいとは思っていなかった。
相手が殿下だから?
だとしたら私は……。
殿下をじっと見つめる。
「出発は今夜、早朝に到着できるように出るぞ」
「よし! ダン、馬車の手配をしておけよ」
「了解っす!」
「レストとイリスも遅れるなよ! 寝てたらおいてくからな!」
「寝ないわよ」
「あなたと一緒にしないでください」
思えばこれが初めてだった。
魔導具師として王都の外に出向くのは。
まさか初の出張先が、未知の領域ダンジョンになるなんて……昔の私が知ったらどんな顔をするかな?
驚いて腰を抜かすかな?
いいや、案外楽しいと思うかもしれない。
今の私がそうであるように。
だってダンジョンは、私たち魔導具師にとっても宝の山だから。
◇◇◇
馬車を走らせ一日と半分。
東の国境線には、大海原が広がっている。
少し北に逸れれば街があって、漁港や海水浴場など海を満喫できる場所がある。
私たちが向かったのは人気のない砂浜だった。
「準備はいいか?」
「ああ。いつでも行けるぜ、殿下」
「フレアは?」
「私も平気です。覚悟はしてきましたから」
ぐっと手に力を込めて答える。
殿下の行くぞという声に続いて、私たちは海へ入る。
もちろん、泳ぐわけじゃない。
海を、歩くんだ。
「おーすげぇ! ほんとに歩けてるよ!」
「魔導具って便利っすね~ 魔法使いじゃないのにこんなことできるって快感っすよ!」
「あまりはしゃがないように。魔力は有限なんですよ?」
「そうよ。この手の効果を魔法で維持しようと思ったらどれだけ魔力がいると思ってるの? 大事に使いなさい」
四人が前を歩き、私と殿下がそれに続く。
私たちが足に装備しているブーツは、水の上を歩行することができる魔導具だ。
事前情報をもとに、船を使わずたどり着く方法としてこれが一番手っ取り早かった。
船を浮かせて進む方法もあったけど、コストと制作にかかる時間から除外した。
加えて……。
「魔物も襲ってこないっすね」
「だな。すぐ下を泳いでやがるのによぉ」
肩に羽織ったローブには、同様の魔導具を装備している者同士でないと視認できないようになっている。
魔物たちも気配は感じるけど、視覚で確認できないから襲ってはこない。
「ここまで安全に行けると、少々拍子抜けですね」
「油断しちゃだめよ」
「わかっていますよ。ですが、もう到着します」
レストさんの視線の先に、目的地はあった。
海のど真ん中。
不自然に突き出した人工物の棟。
「ここが……」
ダンジョンの入り口。
 






