28.親衛隊
「ふぁーあ……」
「眠そうですね、フレアさん」
私たちは所長室で仕事をする。
彼女が新所長になり、私がその補佐。
この関係も、かれこれ一月になろうとしていた。
とっくに打ち解けて、所長室も居心地のいい場所の一つになっている。
「昨日も徹夜でゴーレム作りをしていたんですか?」
「あはははは……はい」
「まったく、ほどほどにしないと身体を壊しますよ? 言っても無駄みたいですけど」
「すみません」
あきれ顔のリドリアさんと、申し訳なくて笑う私。
こんなやり取りも何度目だろう。
「順調ですか? ゴーレム作りは」
「はい。今のところは」
「どこまで進んだんです?」
「えっと、今は二十八工程まで終わりました」
「二十……相変わらず規格外ですね」
前所長が残したゴーレムのコア。
すでに二工程、二つの命令は付与されていた。
そこから新たに二十六の命令を魔法に変換して付与している。
「フレアさんなら簡単に完成させそうな勢いですね」
「そんなことありませんよ。やっぱり工程が増えると難しいです。徐々に作業効率も落ちてきています」
一から五工程くらいまで一日で書き込むことができた。
だけど十、二十と増えるにつれ、定着にかかる時間がどうしても増えてしまう。
今は一つの命令を書き込むと、最低でも一晩は空けないといけなくなった。
「十分早いですよ。普通、二十を超えた工程を書き込めること自体が異常なんです。しかもゴーレムのコアは命令を魔法に変えて書き込むので、その手間もかかりますから」
リドリアさんはよく私のことを異常だという。
もちろん悪口ではなく、褒めてくれている。
未だに実感が湧かない。
私は普通のことをしているだけだから。
リドリアさんにも、殿下にも凄いと褒めてもらえるけど……。
どうしてだろう。
私はまだ、自分が凄いとはこれっぽっちも思えない。
「あと何工程を予定しているんです?」
「えっと、五十七まで必要になります」
「五っ……異次元ですね。今度作っているところを見学させてもらえませんか?」
「もちろんです」
楽しく軽快な会話を交わしながら、手元は仕事をテキパキこなす。
二人で分担して作業している分、作業スピードが格段に速い。
昔もそうだったみたいだけど、こうやって意思疎通を取り、助け合えることが何よりの利点だ。
時に黙々と仕事に集中して、ひと段落ついたらお茶をしたり。
なんだかんだで毎日を堪能している。
トントントン――
所長室の扉が音を鳴らす。
誰か同僚が報告にでも来たのだろうか。
リドリアさんが応える。
「どうぞ」
「失礼するよ」
今の声は――
「殿下」
「やぁフレア」
扉を開けて姿を見せたのはユリウス殿下だった。
彼はニコッと私に微笑みかけてくれる。
「ユリウス殿下」
「こんにちは、リドリア所長」
殿下はリドリアさんにも挨拶をする。
この二人もすでに面識がある。
ただ、彼が所長室を訪ねてきたのは初めてで、リドリアさんは驚いていた。
「突然来てしまってすまないね。仕事の邪魔をしてしまったか?」
「いえそんなことは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、用があるのはフレアになんだ」
殿下は私に視線を向ける。
「少し話がある。時間を貰えないか?」
「はい。リドリアさん」
「こっちは大丈夫です。いってらっしゃい」
「ありがとうございます」
私は席を立ち、リドリアさんにお辞儀をして殿下のもとへ歩み寄る。
「終わったら帰すから、それまで彼女を借りるよ」
「はい」
「行ってきます」
リドリアさんは優しく微笑みながら手を振ってくれた。
私は殿下に続いて所長室を出る。
「悪いな。急に連れ出して」
「いえ、殿下からのお誘いであれば、私はいつでもお応えします」
「ありがとう。こうして話すのも久しぶりだね」
「はい」
殿下は最近忙しくされていて、私もリドリアさんと一緒に仕事をしていたから、あまり話す機会が得られなかった。
食事も別々でとることが増えている。
正直、ちょっと寂しかった。
だから嬉しい。
殿下とこうして話せることが。
「ようやく闇市場の件が一段落ついたんだ。あとのことは騎士団に任せてある」
「そうだったんですね。無事に解決しそうで何よりです」
「君のおかげでもあるからね。しっかりやったさ」
闇市場の摘発と、それに関わった貴族たちの洗い出し。
ずっと忙しくされていたのは、その件でいろんな場所へ赴いていたからだという。
しかしそれも落ち着き、闇市場の件は殿下の手を離れた。
「じゃあ、しばらくはゆっくり休めるんですね」
「そうしたかったんだけどな。まだやらなきゃいけないことがあるんだ」
殿下は大きく肩の力を抜く。
それは残念だ。
忙しいと、殿下とゆっくり話せる時間が作れない。
また二人で夕食を……と、贅沢なことを考えていたせいで、心の中でガッカリしてしまう。
我ながら我がままだ。
またしばらく会えないのかな……。
「次の案件には、君の力も貸してもらいたいと思っているんだよ」
「……え?」
「あ、忙しいなら無理にとは言わないぞ? 強制はしない。あくまで俺からのお願いだ」
「ち、違います! 驚いただけで……嬉しいです」
殿下が私を頼ってくれたことが。
そしてまた、殿下の傍で働けるかもしれない期待に、胸が膨らむ。
「ありがとう」
「いえ当然です。私は、殿下の魔導具師ですから」
自分で言って、ちょっと照れる。
ちらっと見た殿下の横顔は、喜んでいるように見えた。
「さて、今日は君に紹介したい者たちがいるんだ」
「私にですか?」
「ああ」
いつの間にか殿下の執務室前にたどり着いていた。
彼は扉を開ける。
その先には――
初めて見る男女四人が立っていた。
「紹介しよう。俺の親衛隊だ」
 






