26.ゴーレムのコア
人型魔導兵器ゴーレム。
この名を聞いて多くの人たちが連想するのは、魔導具技術によって創造された鉱物の巨人だと思う。
角ばったレンガのような岩をいくつも積み重ね、ヒグマほどの大きさのごつい人型。
ダンジョンの門番、物語に登場するゴーレムたちはそんな様相をしている。
しかし、現代においてゴーレムは様々な形をする。
人型はもちろん、四足獣や鳥類、魚類なんかを模したゴーレムも作られてきた。
重要な施設の護衛に設置したり、人間では侵入困難な場所の調査に送られたり。
その用途は多岐にわたる。
そして、ゴーレムにとって最も重要なパーツが、心臓部であるコアだ。
「これコアですよね? しかもかなり良質な……どうしてこんなものが?」
「あー……たぶんこれ、所長の私物ですよ」
「所長の?」
正確には前所長の私物だという。
私は拾い上げたゴーレムのコアをまじまじと眺める。
青白い光を放つそれは、宝石のように綺麗だった。
「あの人、ゴーレム作りに精通した人だったので。個人の研究テーマも自律型のゴーレムを作ることだったはずですよ」
「自律型!?」
ゴーレムは魔導具だ。
道具に感情はなく、こちらが指定した簡単な命令に従い動作する。
特定の命令を魔法の形式に置き換えて書き込むことで、様々な状況に対応できるように設定してある。
命令数が多いほど、ゴーレム作りは難しい。
そんな中、ゴーレム作りをしている多くの人たちが夢想するものがある。
自律型ゴーレム。
自分の意思を持ち、自ら思考することで行動を起こす。
まるで一人の人間のように。
「所長も、自律型のゴーレムを作ろうとしていたんですね」
「みたいですよ。私たちに自分の仕事押し付けて、自分だけやりたい研究やってたんですから」
あきれ顔のリドリアさんはため息交じりに語る。
どうやら研究は前所長がその地位につく以前からやっているらしい。
魔導具師の多くは、その生涯をかけて完成させたい何かを持っている。
前所長にとって、このコアがそれだったのだろう。
「リドリアさんも研究には関わっていたんですか?」
「関わっていませんよ。というか関わらせてくれるわけないですから。あの人、手柄は横取りする癖に、自分の手柄を取られるのは嫌みたいなので」
「あはははは……」
そこは前所長らしい。
でも、正直ちょっと意外だった。
あの人にもあったんだ。
一人の魔導具師としてやり遂げたい目標が……。
「……少し羨ましいですね」
「え? あの人がですか?」
「はい。私にはないんです。魔導具師として、これだけは一生のうちに作りたいってものが……」
生涯をかけた目標。
魔導具師が成長する上でとても重要な要素だと、多くの人が口にする。
私にはそれがない。
その時その時で作りたいものはあっても、意味も目的もなく、ただ私が作り上げたい何かは……わからないんだ。
だから、それを持っていた前所長が羨ましいと思う。
「いいんじゃないですか? 私もありませんしね」
「リドリアさんも?」
「ないですよ。小さい頃はあった気もするんですが……今はありません。というか私たちは仕方がありませんよ。仕事で手いっぱいで、それ以上のことを考える余裕がなかったんですから」
「……それはそうですね」
リドリアさんの言う通り、私たちには余裕がなかった。
明日の仕事を終らせるため、今日の仕事をなんとしても終わらせる。
その繰り返し。
休みの日だって、仕事のことばかり考えていた。
自分の研究に費やす時間も、長らく取れていなかったな。
「だから、私たちはこれからです。ようやくお互い落ち着けそうですし、ゆっくり探していきましょう。自分のやりたいことを」
「そうですね」
殿下のおかげで、私にも少しずつ余裕が生まれた。
これから自分のやりたいことを見つければいい。
そうだね。
見つかるかな?
見つかると……いいなぁ。
「さて、お仕事も終わりましたし、片付けをして今日は帰りましょうか」
「はい」
リドリアさんは処理した書類を整理し始める。
私も手伝おうと思ったけど、手にしたコアが目に入ってピタリと止まる。
「リドリアさん、これ……どうしましょう」
「コアですか? そうですねぇ……あの人の私物はまとめて倉庫に保管するよう言われてますし、適当に箱に突っ込んでおきましょうか」
「……その後はどうなるんでしょう?」
「一年は保管して、それまでに戻ってこなかったら処分すると聞いてます」
「処分……」
「仕方がないですね。あの人が置いていっちゃったんですから」
私は手にしたコアを三度眺める。
何度見ても綺麗だ。
私もゴーレム作りはしたことがあるし、コアを作ったこともある。
宮廷に入る前で、まだまだ今より未熟だったころに。
ちょっぴり悔しいくらい、私が作ったコアより精巧だ。
よほどいい素材を使っているんだろう。
「もったいないなぁ」
そう思ってしまった。
前所長の私物であることも理解している。
けど、一度でも脳裏によぎったら、もう止まれない。
「あの! このコア、私がお預かりしてもいいでしょうか?」
「え? どうするんですか?」
「勝手なんですけど、このまま完成させられないかなって」
「作るんですか? あの人の考案した自律型ゴーレムを? なんでわざわざ?」
「もったいない……と思ったんです。せっかくここまで作って、処分されちゃうのは。何よりこの子が可哀そうで……」
「可哀そう……ですか」
道具相手に何を言っているのだろう。
笑われてしまっても仕方がない。
ただ、魔導具に罪はない。
あの人のことは苦手だったし、これから先も好きにはなれない。
だけど興味が出てしまった。
あの人が作りたかったものが、その完成に。
「いいですよ。どうせほっといても捨てるだけですしね」
「ありがとうございます!」
「それに、ちょっと私にも興味あります」
「ですよね」
つくづく、私とリドリアさんは似ている。
そう実感しながら、私はコアをぎゅっと握りしめる。






