25.私って普通じゃない?
「……じゃあ仕事しましょうか」
「そうですね」
私たちは重い腰を持ち上げる。
会話が楽しくて、いつの間にか二時間近く使ってしまった。
当然だけど、仕事は一つも終わっていない。
私がこの部屋に来た時と同じ、大量の発注書がテーブルに積み上げられている。
「「……はぁ」」
私たちは同時に溜息をついた。
頑張ろうとは意気込んでも、やっぱり大変なことに変わりなく。
本音を言えばやりたく……ない。
「フレアさん、魔導機関のチェックに行ってもらえる?」
「それはもう終わっています。ここへ来る前に済ませましたから」
「本当!? 助かりますよ。あれ地味に移動が面倒くさくて……」
「だと思ったので先にやっておきました」
リドリアさんは私の手を握り、ぶんぶんと縦に振りながら感謝の言葉を口にする。
「本当に心強いですよ。じゃあ残りはここの発注書と」
「通常の業務だけですね。発注書のほうは私がやりますから、リドリアさんは事務作業に集中してください」
「助かります。こっちが終わったら私も手伝いますよ」
「はい」
自然と分担は決まった。
私が請け負ったのは、今まで宮廷で私がしていた仕事たち。
事務的な作業のほとんどは、リドリアさんが前所長の代わりにやっていた。
量に関わらず、やり慣れた仕事を担当したほうが効率がいいとお互いにわかっているんだ。
さっそく作業に取り掛かる。
私の仕事は、所長の元へ送られてきた発注書の処理。
その場で作れる魔導具を作り、大量生産が必要なものは設計図を作って他の魔導具師に共有する。
一人で何百、何千という数を作ることは物理的に不可能だ。
さすがに前所長もそこはわかっていたから、私に全てやれとは言わなかった。
魔導具は核となる部分さえ作ってしまえば、外側は別で作って後で合わせればいい。
腕輪を作った時の魔晶石が核になる。
魔晶石に魔法を刻み込む作業だけは、私たち魔導具師でないとできない。
「……すごいですね、フレアさん」
「はい?」
「そんな速さで書き込みをする人、初めて見ましたよ」
「そう、なんですか?」
魔晶石への魔法付与をする私を見て、リドリアさんは感心していた。
どうやら私は普通の魔導具師より仕事が早いらしい。
なんとなく感じていたことが、同僚の魔導具師に言われて確定的になった。
「今やってるのって一工程ですか?」
「いえ、四工程です」
「四!? 四工程をその速度で?」
「は、はい」
リドリアさんは酷く驚いている。
四工程というのは、最低四回の書き込みが必要という意味だ。
より複雑な魔法効果を持つ魔導具ほど、この工程が増える。
工程が増えるほど作成難易度も上がる。
「どう見ても一工程の速度ですよ……それ」
「そうですか? いつもこうなので普通のことだと思ってました」
「全然普通じゃないですよ。定着の間隔も異常に速いですし、普通四工程を一つ終わらせるなら、最低でも三分はかかりますよ?」
「え、三分も?」
私は大体三十秒で一つ作れる。
定着の間隔というのは、一つの魔法を書き込んでから、次の魔法を書き込むまでの時間。
連続で書き込む場合、しっかり魔法が定着したのを確認してからになる。
無理に続けて書くと魔法同士が反発してしまい、大きな事故に繋がる危険性があるんだ。
「ちなみに聞いてみたいんですけど、今まで最大何工程までやったことがあるんです?」
「えっと、確か二十一工程だったと思います」
「にじゅ……異次元ですねそれ。過去にもいないんじゃないでしょうか。そこまでの工程数をこなした魔導具師は」
「そ、そこまでなんですか……?」
確かにあの時は大変だった。
制作に一時間はかかったし、一歩間違えば魔法が暴発して大惨事になっていた。
作っていたのは、とある街を守るための結界だ。
「今から思うと……あれも本来私がやる仕事じゃなかったかもしれませんね」
「絶対に所長に来た依頼ですよ。あの人自分じゃ無理だからフレアさんに任せたんだと思いますね。そしたら普通に完成させて……大体その後が想像できます」
「あー……そういえば、その後から当たりが強くなった気も……」
無理だと思っていた案件を解決されて、さぞプライドが傷つけられたんだろう。
当時は気づかなったけど、今になってよくわかる。
前所長はとことん私を潰したかったのだと。
「今頃何しているんでしょうね」
「さぁ? もう顔も見たくありませんよ。あんな人」
「あははははっ……」
私もできれば会いたくない。
あの人に会うと必ず小言を言われていたし、気分はよくなかった。
ただ、気にならないといえば嘘になる。
もしも機会があるなら、一度くらい見てみたいものだ。
宮廷から逃げたあの人が、どこで何をしているのか。
そんなことを考えながら仕事を続ける。
夕方になり、定時が近づく。
終業まで残り一分……三十秒……十秒――
「終わったー!」
「終わりましたねぇ」
ギリギリ完遂した。
二人で力を合わせた結果だ。
顔を見合わせ、ガッツポーズをする。
清々しい気分になる。
「定時に終わるなんて久しぶりですよ~ 本当に助かりました、フレアさん」
「いえいえ、お仕事ですから」
「頼もしい。明日からもよろしく――」
ゴトン、と何かが転がる。
私たちの視線は床へ。
そこには、青白い光を放つ穴の開いた球体が転がっていた。
「これって……」
「ゴーレムの、コア?」
 






