24.助け合いは大事
「――ホントに最悪だったんですよ! あの人すぐ自分の仕事を私にぶん投げて、期日通りに終わらないと怒るんです! どう思いますか? フレアさん」
「その気持ちすごくわかります……私も似たようなこと経験しましたから」
「やっぱり! あの人の理不尽さには頭が痛かったですよ」
「そうですねぇ」
ズズズーとお茶を飲む。
所長室に挨拶をしに来たのは一時間ほど前。
私はなぜか新所長のリドリアさんとお茶を飲んでいた。
「他にもたくさんありますよ。あの人の理不尽エピソード。両手の指で足りないくらい」
「大変でしたから、お互い」
「ええ、本当に」
この一時間、前所長の愚痴で盛大に盛り上がった。
同じ境遇の被害者同士、通じるものがあった。
リドリアさんと話すのはこれが初めてだけど、こうも早く打ち解けられたのはよかった。
もっとも、その理由はちょっと悲しいけどね。
「はぁ……なんだか少しすっきりしましたよ。今まで話したくても言える相手がいなかったですからね」
「私も、てっきり自分だけ嫌がらせを受けているのかと思っていたので」
「確かにフレアさんが一番ひどかったと思いますよ。あの人プライド高いから、自分の立場を奪いそうな相手は潰そうとしていたんです」
「そうだったんですね」
薄々勘づいてはいたけど。
やっぱりそういう理由でいじめていたんだね……。
リドリアさんも副所長だったから、自分を蹴落とすかもしれない相手と認識していたに違いない。
「私は別に出世なんて興味なかったんですよ? 副所長になったのも、前任者がいきなり辞めちゃったからですし」
「そうなんですか? それって……」
「そう、あの人の嫌がらせが原因で辞めちゃったんです」
「やっぱり……」
リドリアさんは私が宮廷入りした時から副所長だった。
ということは、それより前から嫌がらせはあったということか。
そこまでなら、所長はそういう性格なのだろうと納得するしかない。
「あの人が所長になってから三人は辞めてますからね。フレアさんはすごいですよ。あれだけしつこく嫌がらせされても辞めずに頑張っていたんですから」
「いえ、私は……これしかやれることがなかっただけです」
宮廷を辞めたら私に居場所はなかった。
屋敷でも孤独、家族はいるようでいない。
生きていくためには、宮廷魔導具師であり続ける他なかっただけ。
信念を貫いたとか、そういう格好いい理由じゃない。
「それを言うならリドリアさんもです。副所長になったのって私が入る前ですよね?」
「そう、フレアさんが入る半年前。だから四年半?」
「私より長いじゃないですか」
「期間はね。受けてた嫌がらせの量はフレアさんのほうが上ですよ? それに私、何度か辞めようと思ったし」
「そうなんですか?」
私が尋ねると、リドリアさんは大きくため息をこぼす。
辞められなかったの、と言って続ける。
「両親に言ったら、辞めるなんて絶対に許さない! そんなことをしたら親子の縁を切るぞって怒鳴られたんですよ」
「そ、そこまで……」
「宮廷で働けるなんて名誉なこと、自ら手放すなんてありえないってね。私のお父さん、宮廷に入りたかったけど試験に落ちたから、それもあって……」
両親からの期待。
自分では成しえなかった夢を娘に託す。
そういう思いが彼女を縛っていたようだ。
「難しいんですね」
「そうですね」
私にはわからない。
両親の期待なんて、一度も受けたことがない。
ただ、リドリアさんの話を聞いた後だと、期待されることが必ずしも幸せだとは限らない。
そういう場合もあるのだと知った。
「はぁ……本当になんで私が所長に……フレアさんは今ってユリウス殿下の直属ですよね?」
「はい。王城で働いています」
「実際どうなんです? ここと比べて」
「すごく快適ですよ」
即答した。
心から思っていることだから、迷わず口が動いた。
「いいですねー、羨ましい。どうやって殿下と親しくなったんです? 何かきっかけでも?」
「あーえっと……」
さすがに呪いの件は言えない。
殿下が呪いを受けていたことを知っているのは、私と本人たちだけだ。
公表もされていない。
「あ、ごめんなさい。プライベートなことを聞くのはマナー違反でしたね」
「いえ、すみません」
「謝らないで。私もちょっと嬉しいんですよ。自分と似たような境遇の人が、ちゃんと成果を出して認められてるのが……やっぱり羨ましいですけど」
「リドリアさん」
優しく笑う彼女を見て、心からホッとする。
正直、上手くやっていく自信はなかった。
私は他人と関わるのが苦手だ。
ずっと魔導具と向き合っていたから、そういうのに慣れていない。
誰かと一緒に仕事をするとかも、窮屈なんじゃないかって。
だけどこの人と一緒なら大丈夫そうだと思った。
お互いの辛さがわかるから、心の距離も自然と近づく。
「リドリアさん! 私も補佐として頑張ります。一緒に仕事を終らせて、定時で帰りましょう!」
殿下に次いで私のことを思いやってくれた人。
だから彼女のことを支えたいと私は思う。
「フレアさん……ありがとう。心強いです。これからよろしくお願いしますね?」
「はい。よろしくお願いします」
似た者同士助け合おう。
お互いが幸せになれるように。
まずは、目の前の仕事と向き合おう。






