15.一緒にお勉強
太陽が沈み、月が顔を出す。
徐々に月の形が真ん丸に近づいてきた。
雲もなくよく見える。
夕食を済ませた私は、殿下に呼ばれて彼の寝室に来ていた。
ここなら誰の邪魔も入らないから、と。
「どうですか?」
「ああ、ずいぶんと楽だよ」
彼の腕には二つの腕輪が装着されている。
一つは呪いの効果範囲を誤認させ、進行を妨害するための腕輪。
もう一つは新たに作成した苦痛を軽減する腕輪だ。
呪いに通常の回復魔法は効果を発揮しない。
ただし一時的に痛みを和らげることはできる。
殿下が受けている呪いは、日を増すことに効果が強くなるタイプらしい。
昨日より今日のほうがきついはずだけど、腕輪をつけてからは落ち着いている。
「最初はやっぱり多少きついけど、苦しくて動けないってほどじゃなかった。本当によくできてるな、この魔導具」
「ありがとうございます。殿下のお役に立てて嬉しいです」
少しだけ苦しそうだった殿下の表情が和らいだことを確認して、ホッとする。
一先ず耐え難い痛みを和らげることには成功したようだ。
ただ……。
「何度も言う通り、これで解呪できたわけじゃありません」
「ああ、わかってる。根本を解決しない限りは……」
殿下の命が危うい。
私が初めて会ったとき、すでに苦しさで呼吸困難になる段階に至っていた。
呪いの全貌は未だわからない。
それでも、呪いの完成が近いことはわかる。
あとどれくらい猶予があるだろう。
もしかすると数日……明日にも変化が起こるかも……。
「そんな顔するな。俺なら大丈夫だ」
「殿下……」
無理して笑顔を作っているのがわかってしまう。
命の終わりが近づいているのに、怖くないはずがないんだ。
どんなに強い人でも、死ぬのは怖い。
殿下だってきっと……私なら絶望して、その場で泣きじゃくってしまうだろう。
この人は強い。
それに、ただ強いだけじゃない。
「それよりどうだった? 屋敷に戻ったんだろ? 変なこと言われなかったか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。もし何かあったら必ず俺に相談してくれ。相手が誰であれ、君を不幸にさせる者を俺は許さない」
「ありがとう、ございます」
その言葉だけで私は満たされる。
温かすぎて溶けてしまいそうになる。
殿下は強いだけじゃなくて優しい。
自分が苦しい状況なのに、私のような他人の心配をしてくれる。
誰にでもできることじゃない。
少なくとも、私の周りにいた人たちは、自分のことを常に優先していた。
人間とはそういうものだと、当り前だと思わされた。
殿下と出会うまでは。
「私のほうでも呪いについて調べてみました。でも、あまり役に立ちそうな情報はなくて……」
「そうか。俺も調べたいんだが、中々時間がとれなくてな。昼間は公事もある。夜は呪いが強すぎて動けなかったが……」
殿下はおもむろに椅子から立ち上がる。
ぐぐっと背伸びをして、肩をぐるぐると回して見せる。
「今はこの通り動ける。から、書庫へ調べに行こうかと思っているんだ」
「でしたら私も行きます!」
「ははっ、君はゆっくり休んでいてくれ、というつもりだったんだが」
「私なら平気です。少し前までこの時間も働いていましたから」
まだ日付も変わっていない。
本当にきつくなるのは日付を超える数分前からだ。
なんとかして今日中に終わらせたい、けど無理だよねこれ。
となる時が一番つらい。
あの頃に比べたら、自分の意志でやりたいと思えるだけ全然マシだ。
「本当にいいのか? 明日も仕事はあるんだぞ?」
「わかっています。それに、お仕事があるのは殿下もです。二人で調べたほうが早く終わります」
「ふっ、それもそうだな。じゃあ、お言葉に甘えるとしよう」
私たちは一緒に部屋を出る。
できる限り誰にも見つかれないようこっそりと。
王城を熟知している殿下が、人通りの少ないルートを進んでいく。
この時間は書庫を使う者はいない。
必然的に書庫の周りにも人はいなくなる。
無事にたどり着き、私たちは書庫へと入る。
その広さと貯蔵されている本の量には圧巻だった。
当り前だけど、屋敷の書斎とは規模が違う。
まるで大図書館だ。
「こ、ここから探すんですね……」
「心配いらないよ。大体の場所は把握してる。直接調べる時間はなかったが、いずれ調べようとは思っていたからな。こっちだ」
殿下に案内され、書庫の奥へと進む。
「読まれる頻度が高い本ほど入り口側にある。俺たちが探しているのはずっと奥だ」
「読まれないですよね。呪いに関する本なんて」
「ああ。俺もこうなって初めてだからな。呪いのことを調べるのは」
自分が呪われることがなければ、一生考えなかったはずだ。
私も、呪いという言葉をこんなにも身近で聞くとは思っていなかった。
世の中には知らないことのほうが多い。
そのことを再認識させられる。
私もまだまだ勉強不足だと。
「ここだ。二十冊くらいか」
「半分は屋敷でも読んだことのある本みたいです」
「だったらそれは省こうか。残り半分を手分けして調べる感じで」
「はい」
本を手に取り、窓際の席で二人で腰を下ろす。
ちょうど月明かりが差し込む。
「月が綺麗だな」
「はい」
「夜は好きなんだけどな……呪いのせいで嫌いになりかけてたよ」
話しながらページをめくる。
月明かりに照らされた殿下は、いつになく妖艶で美しくて……見入ってしまう。
「ん? どうかしたか?」
「い、いえ!」
最近なんだかずっと殿下のことを見ている気がする。
自分でもわからないくらいに。
「その、殿下は普段何をされているんですか?」
「普段か? 仕事のこと?」
「それも含めて……」
急に殿下のことが知りたくなった。






