14.これが普通ですよね?
屋敷から王城に戻った私は、駆け足で研究室へと向かった。
特別めぼしい情報は手に入っていない。
だからといって落胆する時間が惜しい。
すでに午後三時を回り、夜までのタイムリミットが迫る。
夜がくれば殿下はまた苦しむことになるだろう。
呪いを解く方法はあとで考えるとして、夜までに完成させなくちゃ。
「急げ急げ」
「そんなに急ぐと誰かにぶつかるぞ」
「え、うわ!」
「っと」
曲がり角を曲がろうとして、ふいに後ろから声をかけられた。
咄嗟に振り向こうとして躓き、倒れそうになる私にそっと手を差し出される。
「危ないな。転ぶところだったぞ?」
「で、殿下」
「まぁ俺が声をかけたせいなんだけどな。ほら」
「ありがとうございます」
殿下に手を引かれ、崩れた体勢を立て直す。
立ち直って前を向く。
引き寄せられたこともあって、顔と顔の距離が近い。
殿下と目を合わせ、彼の存在を近くに感じて、思わず赤面する。
「どうした? 顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」
「あ、いえ! びっくりしちゃっただけです。あははははっ……」
殿下の顔が近くてドキドキした、なんて言えない。
改めて考えると、異性の方とここまで近い距離で話すのって初めてだ。
その初めてが王子様っていうのは……。
まるで本の中にいるみたいだなぁ。
「そんなに急いでどうしたんだ? 急用か?」
「はい。殿下のための魔導具を作ろうと思って」
「俺の? そのために急いでたのか」
「はい。夜までには作ってお渡ししたいですから」
あんな苦しそうな顔は見たくない。
殿下が辛い顔をされていると、それを見ている私も胸が痛くなるんだ。
私の力で少しでも楽にできるなら、これほど嬉しいことはない。
「……そうか。俺のために」
「殿下?」
「ありがとう、フレア。君のその優しさは、俺にはもったいないくらいだよ」
そう言って見せた殿下の表情は、今まで見たことがないほど綺麗で。
透き通るガラス細工みたいにキラキラしていた。
私は思わず見入ってしまう。
「もしよかったら、魔導具作りを見学してもいいか?」
「見学ですか? それはもちろん構いませんが」
「ありがとう。実は一度見てみたかったんだ。君が魔導具を作っている様子をね」
「私なんかでよければぜひ」
私は殿下と一緒に研究室へ向かう。
今度は転ばないようにゆっくり歩いて。
研究室に到着して、テーブルの上に必要なものを並べていく。
殿下が用意してくれたこの部屋には、魔導具作りに必要な道具が一通りそろっている。
それもすべて最新のものだばかりだ。
素材もお願いすれば用意してもらえる。
宮廷よりも少し作業環境がよくなった。
テーブルの上には軽石と鉄の粒、そして魔導具作りに欠かせない魔晶石がある。
「じゃあ始めますね」
「ああ。ここで見させてもらうよ」
殿下が隣で見ている。
ぜひ、とか口では言ったけど、こうして見られるのは緊張する。
殿下に限らず、他人に仕事を見られる経験は今までなかった。
所長も小言を言いにくるだけで、私の仕事そのものには関心がなかったみたいだし。
私は大きく深呼吸をする。
作りたい物のイメージはハッキリしている。
付与する魔法も、構造も。
完成までにかかる時間は、大体三十分くらいかな?
殿下の前だし、いいところを見せたい気持ちもある。
「よし」
私は殿下には聞こえないように、極々小さな声でやる気を発露した。
最初に取り掛かったのは魔導具の器づくり。
用意した素材を一か所に集めて、不要なものはテーブルの端にどける。
形状は一つ目と同じ腕輪にしよう。
私は素材に手をかざす。
「クリエイト」
魔法を発動して、素材を合成していく。
光に包まれた素材が腕輪へと変化するのに、二秒ほど時間がかかった。
「今のは魔法か?」
「はい。錬成魔法です。素材さえあればイメージした形に合成できます。私にはこの魔法があるので、器を用意するのが簡単なんです」
これは魔導具師に必須の力ではない。
魔導具師には魔法使いとしての才能を持っている者が多く、私もいくつか魔法が使える。
錬成魔法もその一つ。
「すごいじゃないか」
「いえ、こんなのは便利というだけで、あってもなくても魔導具師にはなれます。大切なのはここからです」
器は依頼すれば用意してもらえる。
私たちが魔導具師であるための必須事項は、このただの腕輪を特別な道具に変えることにある。
そして、それを為すために絶対に必要な才能が……。
魔力を直接体外に放出すること。
通常、魔力は身体の内に流れるエネルギーで、外への放出はできない。
魔法使いも魔力を消費し、魔法として外に放出している。
魔力の流れを直接操り、体外で自在に操る。
これができなければ、道具に魔法の効果を付与できない。
私は指先に魔力を集め、光のインクを生み出す。
これを使って先ほど一緒に合成した魔晶石に魔法を記していく。
今回付与するのは回復の魔法。
呪いの対象を広げる腕輪はすでに殿下が身に着けている。
呪いの進行を直接防ぐことはできない。
だからせめて、痛みやダルさを軽減できればと。
一種類だと心もとない。
五種類は重ね掛けしよう。
重ね掛けをする場合、一つの魔法を付与してから定着するまで待ち、次の魔法を付与する。
この工程を必要回数繰り返す。
「綺麗だな」
「……」
私は黙々と作業を進める。
隣で殿下が笑ったような気がしたけど、集中している手は止まらない。
そうして最後の一つを付与し終わり、最後に魔力を流して動くかどうかを確認したら。
「できました」
「もう完成したのか? まだ十五分ほどしか経ってないぞ」
「作るのは一つだけだったので……」
「いや……それでも早い気がするが、これが普通なのか?」
「どうなんでしょうか……?」
そういえば、他の魔導具師の仕事を見たことがなかった。
私は独学だし、基礎も本を読んで覚えただけで、あとは自分で何度も繰り返して学んだ。
この方法が正しいのかどうかも、正直わかっていない。
少し作るのが早い程度だと思っていたけど……。
「どうなのかな?」
私って、魔導具師としてどのくらいの腕なんだろう。
この道に進んで初めて、そんなことを考えた。






